2020(令和2)年11月25日号インクル 第129号 特集:障害を知る本と映画 Contents 障害を知る本 2ページ 『障害者とともに働く』 3 ページ 『ユニバーサルデザインの基礎と実践』 3ページ 映画『イーちゃんの白い杖』 4ページ 『全盲の僕が弁護士になった理由』 4ページ 『聴さん、今日も行く!』 5ページ 映画『咲む』 5ページ 『+Happyしあわせのたね』 6ページ 『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』 6ページ 『天を仰ぐ 十九歳で早世した少女の魂の軌跡』 7ページ 『人と食事するのが怖い!』 7ページ 『統合失調症を生き抜いた人生』 8ページ 『話せない私研究』 8ページ 『事故ル! 18歳からの車いすライフ』 9ページ 『まぁ、空気でも吸って!』 9ページ 『きつおんガール』 10ページ 『ゆうこさんのルーペ』 10ページ 『生還』 11ページ 『文字の読めないパイロット』 11ページ キーワードで考える共用品講座第119講 12ページ インクルーシブな公園 オープン 13ページ オンライン共用品講座 14ページ コロナ禍での不便さ調査 開始報告 15ページ 事務局長だより 16ページ 共用品通信 16ページ 表紙写真:トークイベント『本の街で、こころの目線を合わせる』(Tokinさんと山田ルイ53世さん) 神保町ブックセンター 写真提供:合同出版 2ページ 障害を知る本 スペース96 久保耕造(くぼこうぞう) 障害について書かれた本というのは昨今、実に数多く刊行されている。 筆者は、先日まで26年余にわたり障害者関係書籍の専門書店を経営していた。コロナ禍により廃業やむなきに至ってしまったが、当時、日刊の新刊情報メルマガでは一日5点を掲載していた。それでも紹介しきれなかったくらいである。 こうした中から、この一冊、あるいは何冊かを読めば障害者のことが理解できるという本を選び出すことは至難の業である。「障害を知る」ためには、本を読むより障害のある人と実際にふれあうことの方が近道であることは言うまでもない。しかし、そうした、現場で得られた経験、感覚、知見は個別的、地域的であり、障害特性や制度などの普遍的理解には及ばないのも事実である。そういうときに、個別の体験や知識の整理、体系化の手引きとなるのが本である。 では、いったい最初に何を読んだらいいのだろうか?そうした疑問に対する答えは残念ながらない。いわゆる古典と称されるような本から読むという方法もあるし、よく読まれている(あるいは、よく売れている)本から読むという方法もある。あるいは信頼できる人の書棚に置かれていた本から読むという方法もある。さらに、新聞や雑誌の書評に掲載されていた本から読むという方法もある。また、周囲を見渡してみると、「本の書ムリエ」とでも呼べるような、この手の本に詳しい人が案外にいるものである。そういう人に教えを乞うという方法もありうる。 一冊の本を読んだ後は、次は、その内容が気に入れば同じ著者の本を読むということもあるし、その本で紹介あるいは引用されていた本を読むということもありうる。逆に読んだ本の内容に疑問をいだけば、その本や著者に批判的な立場の本を読むということもありうる。そのようにして、読む本の選択肢に広がりができてくるはずである。 あとは冊数をこなして読むほかはない。中には、売らんかなで魅力的なタイトルでありながら、中身は全然それにともなっていないという看板倒れの本があったりもする。翻訳で、日本語表現が意味をなしていないという本もある。オブラートされていてわかりにくいが、ある特定の政党の流れを反映している内容の本もある。そうした苦い経験を重ねる中で自分流の選書感覚、選書技術を磨くしかない。誰にとってもベストな方法はなく、自分流の方法をみつけるのが最も近道という点では勉強や学問をおさめる場合と同じである。 そんな方法を果たしてとれたとしても、心に残る、役に立つ、人にもすすめたくなるというほどの本に出会うのは、宝くじにあたるくらいの確率だと思っていたほうがよい。100冊読んで一冊の良い本に出会えたら、それでも僥倖(ぎょうこう)である。 筆者は、冒頭で紹介した書店経営の前は障害者施設に15年半ほど在籍していたので、通算で40年以上にわたり障害福祉の業界周辺にいる。しかし、その中で出会った本で、誰にでもおすすめしたくなる本というのは実にわずかであり、それらさえも、時代の流れの中、自分の成長度合いの中で出会ったゆえの良さであって、今、誰にとっても良い本とは限らない。それでもなお一冊紹介してほしいという方のためには、自分が復刻させた本なので恐縮だが『たたかいはいのち果てる日まで』(エンパワメント研究所)をおすすめしておきたい。全国の書店、ネット書店で購入可能である。 写真『たたかいはいのち果てる日まで』(エンパワメント研究所) 3ページ 『障害者とともに働く』 藤井克徳(ふじいかつのり)・星川安之(ほしかわやすゆき) 著 本書は、二人の個性的な経歴を持つ著者の共著である。 一人は、特別支援学校(肢体不自由児)の教員を務めた藤井克徳氏。特別支援学校に勤務してから数年後、精神障害のある人達と出会ったことをきっかけに「共同作業所」を創設。現在も障害全般にわたる政策から実際の現場まで幅広く活動を行っている。藤井氏は全盲である。もう一人は、日本を代表する玩具メーカーに勤め、「障害のある子供もない子供も共に遊べる玩具の開発」を行った星川安之氏。約40年前は、障害のあるなしにかかわらず共に使えるモノやサービスの思想はほとんどなかった。星川氏は、玩具の開発を出発点に、バリアフリー社会の実現を目指し公益財団法人を設立。現在に至っている。 * * * 障害のある人が働くということ、共に働くこと、なぜ働くことが必要なのかということについては、第1章と第3章、第4章で、それぞれ社会学、経済学、心理学、障害学、哲学的視点から多角的に述べられている。 第2章は7つの事例を基に、「ともに働く」ことを解説している。本章を読み進めて間もなく「給料はいりませんから働かせて下さい」という言葉に出会う。障害のある子どもの母親の言葉である。働いている人達の多くは、「なぜその仕事を選んだの?」という質問を受けたことがあるだろう。自信をもって答える人もいれば、一所懸命考えて理由を述べる人もいるだろう。理由の中に「給料はいりませんから」という選択肢はあるだろうか。その道を極める修業の場面ではない。いったい何があったのか。本書は理論と実践のちょうどよい塩梅の書籍である。 森川美和(もりかわみわ) 写真:『障害者とともに働く』(岩波ジュニア新書) 『ユニバーサルデザインの基礎と実践』~ひとの感覚から空間デザインを考える~ (一社)日本福祉のまちづくり学会身体と空間特別委員会 編 普段の暮らしの中で、「どうやってものを見ているか?」「どんな仕組みで音を聴いているか?」を意識したことがおありでしょうか?これまで、障害別に語られる傾向が強かったユニバーサルデザインを、身体の感覚機能からとらえたのが、この書籍の大きな特徴です。 「基礎編」と「実践編」の2部構成で、要所にコラムがあります。 基礎編では、「見ること」「聞くこと」「触ること」「移動すること」といった身体機能を解説し、実践編では、それをベースにユニバーサルデザインに展開していった様々な事例を紹介しています。 障害別という縛りから離れることで、あれも、これもとどんどんプラスされていくこれまでの空間デザインの在り方を見直して、身体機能に負担がかからない整理と工夫が詰まった事例が読みどころです。 出版のバリアフリーとして、この書籍を活字のままで読めない人のために、テキストデータ引換券をつけました。(文字データのみで、画像や図表は含まれません。)委員会の総結集ともいえる書籍で、執筆者は21名、そのうち障害当事者が7名です。国際条約や法律の枠組みが変わり、障害のある人たちに関することは、データや科学的根拠に基づいた客観的なアプローチが求められます。 情緒的にとらえていた五感を仕組みとして理解し、その活用を考える大きな助けになってくれる書籍です。答えのないユニバーサルデザインの旅のお供に、ぜひ加えていただきたい一冊です。 芳賀優子(はがゆうこ) 写真『ユニバーサルデザインの基礎と実践』(鹿島出版会) 4ページ 映画『イーちゃんの白い杖』 イーちゃんこと小長谷唯織(こながやゆいか)さんは、会社員の父、看護師の母、父方の祖父母、そして重度の肢体不 自由がありイーちゃんと同じく目の見えない2歳下の弟の6人家族。家族は、橋本真理子(はしもとまりこ)監督と一緒に20年にわたる記録「イーちゃんの白い杖」を完成させた。映画の前半では、イーちゃんが小さい頃、目が見えないのはまさか自分だけでなく、周りの人も目が見えないと思っていたことを伝えている。そうでないことが分かった時、彼女の「モヤモヤ」が始まった。そのモヤモヤには弟の存在も大きく影響していることが、話が進むにつれ分かってくる。 しかし、その時点でイーちゃんは自分に求められていることが何なのか分からず、これがモヤモヤにつながっている。映画は、そのモヤモヤが、彼女の感性によってゆっくりと霧が晴れるように解かれていく瞬間瞬間をしっかり捉えている。 ピアニスト、歌手、作家を目指す努力や挫折も描かれているが、それぞれの目標は単なる憧れではなく、少しでも早く自立を達成するという固い決意であることが感じられる。 挫折するたびにその心を救ってくれたのが、弟の息吹(いぶき)さん。全身を使っての姉弟のコミュニケーションは、画一的なマニュアルでは表現できない「本当の会」が、重くはあるがとても心地よく伝わってくる。 9月23日、DVD版が発売された。このDVDは音声ガイド、日本語字幕、英語字幕を収録し、スマートフォンのアプリ「UDCast」も使用可能とのことである。ぜひ多くの人に見てもらいたい。 星川安之 映画『イーちゃんの白い杖』 『全盲の僕が弁護士になった理由(わけ)~あきらめない心の鍛え方』 大胡田誠(おおごだまこと) 著 小学6年生で視力を失った僕は、ある時、学校の図書館で、日本で初めて点字を使って司法試験に合格した竹下義樹(たけしたよしき)弁護士の本に出会いました。それ以来弁護士へのあこがれを抱くようになりますが、そこからは山あり谷あり、様々な苦労の連続でした。4度目の司法試験で不合格になった時には、「もうあきらめた方がいいかもしれない」とも思いました。そんな僕を救ってくれたのが「迷ったときには心が温かいと感じる方を選びなさい」という母の言葉でした。 弁護士になることができたのは29歳。しかしそれはゴールではなく新たな挑戦の始まりでした。全盲の僕が、どのような工夫で弁護士の仕事をしているのか、それを支える思いとは何か。そのあたりも本書の読みどころです。 大学1年生のとき、偶然、天文学の授業で知り合い意気投合したのがこの本の編集者、吉岡陽(よしおかあきら)さんでした。当時、僕は法学部、彼は文学部に在籍していて、それぞれに自分の将来に大きな不安を抱えていました。そして最終講義の日、僕と吉岡さんはこんな約束をしたのです。 「もしまこっちゃんが弁護士になったら、俺がその物語を本にするよ。」それから14年ほどが経ち、その約束が実を結んだのがこの本です。 吉岡さんのおかげで、中学生の頃の僕のように、悩みを抱えて一歩を踏み出すことができずにいる方の背中をそっと押すことができるような本に仕上がりました。 ところで、2017年には、妻 大石亜矢子(おおいしあやこ)と共著で、僕たちがどのように出会い、家族を作っていったかを書いた『決断。全盲のふたりが、家族をつくるとき』(中央公論新社)も出版されました。こちらもお読みいただけましたら幸いです。 大胡田誠 写真『全盲の僕が弁護士になった理由』(日経BP社) 5ページ 『聴さん、今日も行く!』ナカ・ミチ 著 きこえない・きこえにくいという特性は、見た目ではなかなか理解されづらいものです。そのため、日常生活や職場等で、手話言語通訳や筆談等の合理的配慮を受けられないことがよくあります。 『聴さん、今日も行く』は、全日本ろうあ連盟機関紙『日本聴力障害新聞』に1988年から2017年まで約29年連載された人気4コマ漫画「聴さん」、その選りすぐり158作品を 一冊にまとめた単行本で2013年に刊行しました。「聴さん」という主人公は、きこえないことから情報やコミュニケーションのバリアに直面しているろうの男の人で、モヒカン頭、半分フチのメガネなどユニークな容姿ながら、手話言語やきこえない人の生活、福祉また取り巻く情勢などを面白おかしく「起承転結」で切り込んでいきます。 「平成」から「令和」へと新しい時代に移り変わる際、「令和」の元号発表記者会見の生中継に手話言語通訳や字幕がついたことが示すように、手話言語やきこえない人・きこえにくい人への理解が少しずつ社会に広まりました。 また、私たちの大切な言葉である手話言語を守ってほしいと、国へ手話言語法の制定を求める中、600近くの自治体で手話言語条例制定の取り組みが広がり、また、志を同じくする自治体長で構成する全国手話言語市区長会にも全自治体のうち73%が加盟しました。(2020年10月24日時点)。この本は「聴さん」の裏話やろう運動に関するコラムなど、手話初心者・学習者だけではなく、きこえない人と会ったことがない、もしくは会ったことがあるけれどどう接して良いか分からないきこえる方にもぜひ読んで頂きたい一冊です。 一般財団法人全日本ろうあ連盟 理事 中橋道紀(なかはしみちのり) 写真『聴さん、今日も行く!』(全日本ろうあ連盟) 映画『咲(え)む』  一般財団法人全日本ろうあ連盟は、2017年に創立70年を迎える記念として、映画『咲む』を作成、2020年8月より同連盟の加盟団体主催で、全国での上映を開始しました。同連盟が作る映画は2009年の『ゆずり葉』に続いて2本目、脚本・翻訳・監督は、前回に引き続き早瀨憲太郎(はやせけんたろう)さんが行い、見ごたえのある作品に仕上がっています。ろうの両親(平子充〈ひらこみつる〉・愁子〈しゅうこ〉)の元に生まれた主人公の平子瑞月(ひらこみずき)(ろう)は、中学の頃入院した時に手話言語でコミュニケーションをとってくれた看護師にあこがれ、看護師を目指します。国家試験に合格し、医療機関への面接を受けるところから物語は始まります。スムーズに病院への就職が決まると思いきや、面接を受けた3つの病院とも、聞こえないこと、話せないことと、前例がないことで拒絶されてしまいます。ずっと相談にのってくれていた手話言語のできる看護師から、父親が昔住んでいた久仁木村の診療所で看護師を募集している情報を得て、村に向かい、面接を受けますが、そこでも答えは同じでした。けれども、父方の祖母が住むその村では、村役場の人たちが、彼女を「地域おこし協力隊」のメンバーとして、役場で働くことを提案、彼女は初めて「職」についたのです。高齢者の多いこの村で住民は、診療所にもなかなか足をはこばず、彼女の役割は、家を一軒一軒、自転車で訪問し、「困ったこと」を聞き、それを専門家と共に解決することです。話せない、聞こえない彼女に戸惑っていた村民たちが、筆談や手話言語を使いはじめる変化も見どころです。タイトルに秘められた子供の誕生のテーマは、心の深い部分を揺さぶってくれます。多くの人に見てほしい映画です。 写真:映画『咲(え)む』 2020.11.25 6 インクル 第129号 『+Happyしあわせのたね』もうひとつの母子手帳  正式名称は「ダウン症候群」。最初の報告者の英国人医師の名前から付けられた。21番目の染色体が1本多いことにより、筋肉の緊張度が低かったり、発達が全体的にゆっくりだったりする傾向があるが、性格や身体特性が個人個人で異なるのは、他の人と何ら変わらない。  日本ダウン症協会は、ダウン症に関する知識の普及啓発を主な目的に、情報提供や家族の相談等の事業を行うため、1995年に任意団体として発足。13年に公 益財団法人となり、現在会員は約5700人と全国に広がっている。  主要事業は、ダウン症のある人たちとその家族に対する相談事業で、ダウン症の子どもの親として豊富な経験を持つ人たちが全国各地で、相談を受け付けている。  同協会は、ダウン症のある子どもを育てた人たちが経験してきたことや工夫してきたことをまとめた『+Happyしあわせのたね』という小冊子を発行している。  この冊子の後半は母子手帳形式で、記録が付けられる。一般の母子手帳と異なるのは、首すわり、寝返り、ひとりすわり、つかまり立ちなどについて月齢を基準に「できる、できない」を問わないことである。その代わり、あやしたら笑ったなど18項目の「はじめての記念日」を、他の人と比べることなく記載できるページがある。そして、嬉しかったこと、心に残る言葉などを書き留めるページへと続く。  『+Happyしあわせのたね』はホームページからも無料でダウンロードできるようになっている。是非、ご一読いただけたらと思う。 星川安之 『+Happy しあわせのたね』(日本ダウン症協会) 『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』 岸田奈美(きしだなみ) 著 ヘビーな人生のはずなのに爆笑? 笑えるのに、気づいたら涙が止まらない…と話題になっている単行本『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(著者・岸田奈美〈きしだなみ〉)を紹介します。 岸田さんの母親は、大動脈解離手術の後遺症で下半身まひとなり、車いすユーザーに。弟はダウン症で知的障害があり、岸田さんが中学生のときに父親は心筋梗塞で亡くなっていて――と、事実を並べると、著者・岸田奈美さんの人生は相当にハードなものだと思います。そんな重い出来事を、軽やかに文章で超えていく岸田さん。本書には、岸田さんが心身の不調で会社を休職したときに、弟・良太(りょうた)さんの行動に救われるという話などが採録されています。 岸田さんは良太さんのことを「めちゃくちゃいい奴」と評し、母さんのことは、聞き上手でどんなことがあっても「奈美ちゃんは大丈夫や」といってくれる人だといいます。家族だから愛さなければいけないとか、面倒をみなくてはいけないのではなく、たまたま岸田さんが「自分にいい影響を与えてくれる」と思う人が家族だったんです。だから、家族だから愛したのではなく、愛したのが家族だった。 本書を開くと、写真が一枚挟み込まれています。写真家・幡野広志(はたのひろし)さんが撮られた岸田家のステキな家族写真。そして、ノンブル(ページ番号)は良太さんが書いた数字を装丁家の方が組み合わせたものになっています。 私はこの本に「こうありたい自分の姿」を見いだしました。うまくいかないな、と悩んでいる方、人生にモヤモヤを感じている方におすすめしたい一冊です。 小学館 酒井綾子(さかいあやこ) 写真『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館) 7ページ 『天を仰ぐ 十九歳で早世した少女の魂の軌跡』 小塙佳苗(こばなわかなえ) 詩・随筆  小塙卓(こばなわたかし) 文 アスペルガー症候群。近年、広く知られるようになった広汎性発達障害のひとつである。デジタルな脳を持つ、勉強ができる、といったイメージがある一方で、こだわりが強い、人の気持ちを察することができないなど、トラブルが起きる要素もある。さらさらと流れる詩と文章本書は、長女、佳苗さんを19歳で亡くした著者が、彼女が遺した詩を織り交ぜながら、娘への思いを綴ったエッセイである。 佳苗さんが、自らがアスペルガー症候群だと知ったのは中学3年生の終わりだった。この障害に起因する拒食症はそれ以前から始まっており、入退院を繰り返し、旅立っていった。通信制高校に通い、受験勉強はほぼ独学。予備校の模擬試験では東京大学理科一類にA判定が出ていたという。また、傘が嫌い、ルーティンを崩さないといった障害特有の傾向もあったが、自然や心を豊かな言葉で表現する才能は、この障害のイメージとは異っている。 読み進めていくと、早くに娘を見送った親として後悔や反省も綴られているのに、暗闇に沈む悲しさは感じられない。彼女が生み出した詩を背景に、まるで風に吹かれながら娘に語り掛けているようだ。 家族全員で佳苗さんを支えている様子がうかがえ、ときにはあと回しになることもあったであろう次女・由佳さんは、追想の中で「自慢の姉、生き易い世界で幸せに」と祈る。 闘病しながらも、笑い、勉強し、恋もした佳苗さんの19年は、本書によって多くの人の記憶に残り、父の望み通り、その魂は生き続けることだろう。 金丸淳子(かなまるじゅんこ) 写真『天を仰ぐ 十九歳で早世した少女の魂の軌跡』(新潮社) 『人と食事するのが怖い!』会食恐怖症の当事者がつづるコミックエッセイ 朝来おかゆ(あさきおかゆ) 著 〝人前で〞の過度な緊張が引き起こす恐怖 私は〝人との〞食事が怖いです。 なぜなら、吐き気がして食べることが困難だからです。はっきり「怖い」と思うようになったのは中学2年生の友人との食事の時。吐き気がして食べられなかったことをきっかけに、人との食事に吐き気がともなうようになりました。このような症状を、「会食恐怖症」といいます。 会食恐怖症は、正式には社交不安障害という精神疾患の症状の1つで、食べる量や食べ方など、人からの見られ方に対する強い恐怖や不安のために、人との食事に過度に緊張し、身体症状が起こる病気です。身体症状は赤面、震えや発汗、動悸、めまい、吐き気など人によりさまざまです。 コミックエッセイ『人と食事するのが怖い!』の中では、そんな会食恐怖症になる前の幼少期から人生を振り返り、会食恐怖症の発症の様子、その後会食恐怖症とどうつきあっていったかを描いています。 社会不安障害には他にも、「スピーチ恐怖」「電話恐怖」「書痙(字を書こうとすると手が震える)」などがあり、〝人前で〞なにかをするときに過度に緊張して症状が出るのが特徴です。 社交不安障害の生涯有病率は、13%といわれており(一生のうち罹患する人の割合が約7人に1人)、自分が社交不安障害でなくても、これから社交不安障害をもつ人と出会うことがあるかもしれません。社交不安障害であってもなくても、このマンガを読んで、少しでも当事者の考えやつらさを知ってもらえたら幸いです。 朝来おかゆ 『人と食事するのが怖い!』(合同出版) 8ページ インクル 第129号 『統合失調症を生き抜いた人生』 が伝えていること 堀澄清(ほりすみきよ) 著 「僕は精神病になったことを犯罪の前科のように感じていた。そう感じさせることが、病気の回復を遅らせる」。そして、「私自身がこの病気に偏見をもったのは発病した時ではなく、精神病院に行った時だ」と語ったのは、本書の著者堀澄清(ほりすみきよ)さん。 18歳で統合失調症を発症し、50年の年月を経て、自らの人生をまとめた。2007年のことだ。精神科医療改革への強い意志が出版化の動機だった。低体重児として生まれ、病弱でいつも死を考えていた子ども時代。統合失調症の発症、劣悪な精神科病院での3年間を経て、一切の精神科治療を拒否し、宿無し生活の経験も綴った。堀さんは60歳でやどかりの里にたどり着く。そして、自分の居場所を得、働く喜びを味わい、多くの人たちに自らの体験を語り続けてきた。 そして、「この本が全部売れたら僕はもう一回本を出すのが夢なんです」と語っていた。しかし、その夢はかなわないまま、2015年1月18日、78 歳でその生涯を終えた。 堀さんに励まされてきた仲間たちが、堀さんの夢を実現しようと、編集委員会で検討を重ね、増補版の出版を決めた。録音されていた多くの講演を聞き、第一版に収録されていない、堀さんらしい発言を発掘し、終章を加えた。 マイナスをプラスに転じることができる。あきらめず、したたかに生きようではないかという堀さんのメッセージは、生きづらさが広がりつつある今だからこそ、多くの人の心に響くはずだ。 増田一世(ますだかずよ) 『統合失調症を生き抜いた人生』(やどかり出版) 『話せない私研究 大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』 モリナガアメ 著 高木潤野((たかぎじゅんや) 解説 前作から3年たって 私は中学校卒業まで、家の外ではほとんど話すことができず、大人になってからも話下手な性質や話せなかった頃のつらい思い出によって、生きづらさを感じ続けていました。 しかし特定の場面で長期間話せなかったのは「場面緘黙症」だったからだと知り、自分の苦しみを生い立ちとともに描いたのが、前作『かんもくって何なの!?』です。 今回は、もっと前向きで当事者の方が話せるようになるために役立つかもしれない事も描きたい!と意気込みながら再びペンを取りました。話せなさや、話せなさに関係している自分の特性とどう向き合ったらいいのか、環境を整えるためには…など、自分を観察してみて気が付いた事や行動してみて変化した事をまとめました。 上手く話せる人にならなければ!と思い描き続けていた理想像を、少しずつ素の自分に近づけ、ダメだと思っていた色んな自分を認めながら試行錯誤していく過程は、一筋縄ではいかないものの、とても貴重な体験でした。 「普通になる」との闘い この本を描いていく中で、私にとって場面緘黙とは『〈普通にならなければ〉という思いとの闘いだった』という1つの答えを出す事ができて良かったです。 昨年、対談を経てつながった長野大学の高木先生に、今私が思う場面緘黙の人の就労・生活・周りの人を含めた環境について質問し、答えていただく形で解説を書いていただきました。 漫画で描いている事は私の体験であり、他の場面緘黙の方にあてはまるとは限りませんが、まだ情報の少ない場面緘黙との付き合い方の参考になれば幸いです。 モリナガアメ 『話せない私研究 大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』(合同出版) 9ページ 『事故ル!18歳からの車いすライフ』安藤信哉(あんどうしんや) 著 「気付いたら集中治療室のベッドの上。私はバイクで交通事故を起こして、病院に運ばれてきたのだった。それから始まったのは、壮絶な入院生活。いや、障がい者になることにも気付いていなかったことを考えると、脳天気な入院生活と言うべきか。そんな私に向かって母はいきなり「この死に損ないが!」と罵倒した。そんなんだから、もちろん病院での喧嘩は日常茶飯事。こうして私の障がい者人生がスタートした……。手も足も動かせない重度障がい者ながら、今では車いすで一人暮らしをしている著者。初めはもちろん、「障がい者」という事実を受け入れられずに苦しんだこともあった。しかし、これも与えられた人生なのだから、全うするしかない! 持ち前の明るさと、母との〝戦い〞から身につけた強さをバネに、著者がひとりの障がい者として自立していくまでを綴ったノンフィクション」。(幻冬舎ルネッサンスHPの紹介文から) * * * 現在は有限会社パーソナルアシ スタント町田の事業運営に携わ り、セルフケアマネジメントを経 営方針にした事業所運営と障がい 者雇用を積極的に行なっていま す。各事業所の所長は障がい当事 者が務めていて、重度な障がい者 が健常者スタッフをマネジメント するというユニークな事業所運営をしています。  また、公益社団法人全国脊髄損傷者連合会の事務局長として、全国の脊髄損傷の仲間へのピアサポート活動や政策提言活動などを通じて、共生社会の実現に向けた活動を行なっています。 安藤信哉 『事故ル』(幻冬舎ルネッサンス) 『まぁ、空気でも吸って』 海老原宏美(えびはらひろみ) 著 全然本を書く気なんてなかったんです…最初は。 だって、私は別に取り立てて人に伝えるほどの価値のあるすごい生活を送っている訳でもなく、自分としては、いたって「ふつー」の生活を送る、ちょっと変わった人間、だとしか思っていなかったので。 でも、母が自費出版で書いた子育てエッセイ本「泣いて、笑って、ありがとう」の出版社がなくなってしまい増刷できずにいたところ、「宏美さんが追加で少し書き足して、共著という形にできるなら出版してもいい、という出版社さんが現れ。 「あのー…いつまでに、どれくらい書けばいいのでしょう??」 「そうですね、まあ、2ヶ月で、4万字くらいw」 …えーと…確か私の卒論2万字でしたけど…w2ヶ月で卒論2本…w。 引き受けたはいいけど、さてどうしよう。何を書けばいいのかさっぱり分からない。そこで、mixi やFacebook の過去の記事を片っ端から読み返してみました。すると「これは今でも伝えたいと思う気持ちは変わらないな!」と思える記事もたくさん見つかったのです。それをテーマ別に並べ替え、加筆訂正しながら整えてみたら、なんと6万字に!卒論3本分(笑)出版社の方に、とりあえずそんな方向性でいいのか聞こうと、ラフ原稿を送ったら、「これでいいです!」と、ほぼ訂正なくそのまま製本に! 「ふつー」の生活だけど、実はそれが尊いのかも。何かに、誰かに貢献しなきゃ、評価されなきゃ!と息苦しい生活を送っている人がいたら、「まぁ、空気でも吸って!」と伝えたい。それだけで十分尊いのだから。後半は、母の子育てポエムとなっております。 電子書籍化もされました! 海老原宏美 『まぁ、空気でも吸って』(現代書館) 10ページ 吃音でも社会福祉士!当事者がつづったコミックエッセイ『きつおんガール』 小乃おの(おの おの) 著 菊池良和(きくちよしかず) 解説 「吃音の私を助けてくれた言葉は、他の人にとっても助けになるかもしれない」ある日、テレビ番組で吃音当事者が就職活動で苦しんでいるドキュメンタリーを観たのをきっかけに、私も何か発信しないといけないと思い、幼少期から社会人10年目に至る今日までの経験を、『きつおんガール』(小乃おの〈おのおの〉・著、菊池良和〈きくちよしかず〉・解説)というコミックエッセイにしました。絵を描くことが好きだったこともあり、マンガであれば学校の図書館や保健室で気軽に読んでもらえるかなと考えました。 私は3歳半から吃音が出現し、友だちが何気なくやっていた小学校の音読や、クラスメイトの前での発表に人知れず悩んできました。大学生の時、バイト先で吃音症状がひどくなり、また、心無い言葉をかけられたことで大きな壁にぶつかりました。吃音は話しづらさだけでなく、社会との繋がりを絶ってしまいたくなるほどの不安感をもたらします。 将来に大きな不安を抱えた私を助けてくれたのが、大学の心理学の先生の「コミュニケーションは、笑顔や気遣いも含めてです。うまく話せることが全てじゃないですよ」という言葉でした。前向きになれた私は、現在、社会福祉士として高齢者福祉に携わっています。吃音の症状は今でもありますが、仕事にはほとんど影響していません。周囲の温かい対応があると、生きづらさがこんなに違うものかと実感しています。 吃音が見られるのは、成人では100人に1人です。つまり、99人は普通に話せるのに、1人だけは私のように「お、お、お、おはよう」または「おーーはよう」と言葉がうまく出てこなかったり、不自然な沈黙が流れたりします。 吃音は、今日でも認知度があまり高くない障害です。吃音ではない人は、「どうして? どんなことが辛いの?」と思うかもしれません。この本によって、吃音を多くの方に知ってもらうと同時に、吃音で自分を責める人が少しでも減り、周囲の人に理解や配慮を求めやすくなる社会になるよう願っています。 小乃おの 『きつおんガール』(合同出版) 絵本『ゆうこさんのルーペ』を描いて―「きいてみる」こと― 多屋光孫たやみつひろ 文・絵 この絵本は、文字を大きく見せる道具ルーペで読書をしていた弱視のはがゆうこさんが出会った父子とのエピソードを元に色々な出来事を取材して描いた創作です。 お話の冒頭は、公園でルーペを使って本を読んでいるゆうこさんのところに、二組の親子が登場します。一組目は、ゆうこさんのルーペに興味を持つちいさな『女の子』と、ゆうこさんとルーペから女の子を遠ざけようとする女の子の母である『おばさん』です。おばさんは、「聞くことは迷惑なんじゃないか」とか「そっとしておいた方がいいのでは」という思い込みや、「面倒に巻き込まれるのは避けたい」など世間にありがちな事無かれ的な価値観の持ち主です。一連のエピソードの中で、このおばさんの気持ちの小さな変化もお話のエッセンスになっています。 二組目は、ゆうこさんに「きいてみた」主人公の『はやた』と「きいてみる」ように勧めた『おとうさん』です。はやたは、ゆうこさんのルーペを通していろんな世界(登場人物の過去)を覗き色々な事を見て学んでいきます。はやたの行動は、「知らないことを知らないままにしておかない」ことの大切さだけでなく、その先にある「知ることのよろこび」を説教くさくなく伝えています。この絵本を作るにあたり、ゆうこさんをはじめとするルーペ絵本プロジェクトの方々のかけがえのない体験やお話をたくさん聞く事ができました。みなさんとのやりとりには、多くの気づきやおもしろさがあり、色々な思い込みや先入観からも私を解き放ってくれました。障害という不得意分野を補って余りあるアグレッシブで個性的な方々から多くの元気をもらい、楽しく描かせていただくことができました。 本書でそんな楽しい気分が伝わり、読者の方が『きいてみる』ようになればと思います。 多屋光孫 『ゆうこさんのルーペ』(合同出版) 11ページ 『生還』 小林信彦(こばやしのぶひこ) 著 2017年春、84歳の作家は、急に下半身の力が抜けて立てなくなり、救急病院に搬送された。脳梗塞だった。本書は、倒れてから1年半にわたる闘病を綴ったものである。 「私は天井しか見ていなかった。救急車の天井、検査室の白い天井が次々とうつり変わってゆく」。このあたりまでは覚えているが、すぐに意識を失い、生死をさまよう。その間のことは、家族の証言を交えながら、夢か現実かわからない記憶が語られていく。 幸い命を取り止めることができた。急性期病院からリハビリ病院に移り、半年間の訓練を受ける。リハビリの様子や病院での日常生活、日々変わる心身の具合を綴り、作家らしい眼で、医師、看護師、療法士、掃除係などの病院スタッフ、さらに患者仲間やその家族をじっくり観察して描写する。人物像や人間関係、病院の内部事情までが事細かく描かれ、読み物としておもしろい。 半年後、リハビリを終えて無事に帰宅できた。しかし、これで終わりではなかった。今度は転倒し、骨折してしまう。手術、転院、リハビリを繰り返すが、再び骨折。振り出しに戻ってしまった。 「なるべく日常的な視点で病気のおそろしさを描いてゆけたらと思っている」というように、本書は読み手にも起こりうる事例として身近に感じられ、参考になる。客観的な記述だけでなく、快・不快、好・嫌などの主観的な視点で述べる箇所も多く、心のうちの不満も隠さない。患者と接する立場の読者にとっては、患者側からはこういう景色が見えるのか、良かれとすることも時としてこう受け取られるのかと、苦笑しながら気づかされることもあるのではないか。 松森ハルミ(まつもりはるみ) 『生還』(文藝春秋) 『文字の読めないパイロット』 高梨智樹(たかなしともき) 著 ドローンレースの国内大会で優勝し世界大会でも数々の実績を持つ青年には、「識字障害」という学習障害がある。ひらがなはなんとか読めるが、文字を声に変換できるだけで、文字の並びから文意をつかむことはできない。漢字は読むことも意味を捉えることも難しい。漢字を書くことの難しさは、○や△などの図形が複雑に組み合わさっているものを見せられ、それを思い出して書けと言われるのに近いという。小学校の頃は身体が弱く休みがちだった。そのため、読み書きが苦手なのは、学習時間が不足しているからだと、本人も両親も教師も思っていた。母は「なんとかして字くらいは書けるようにしてあげたいという思いでいっぱいでした」、父は「努力が足りないから読み書きができないと考えていた」と当時を振り返る。 識字障害と診断されたのは、中学生のときである。障害があると言われ、本人はショックを受けながらも、「自分を努力不足と責める必要はないんだ」「これから頑張ろう」と希望を感じたという。それからはパソコンを使って授業を受けるようになった。読み上げソフトを使えば文章を理解することもできる。自分に合う学習法が見つかり、学習の遅れを取り戻し意欲が湧いてきた。ドローンで撮影された映像に衝撃を受け、インターネットで部品を取り寄せるなど、ドローンの世界にものめり込んでいった。 最終章に「苦手なものがあれば、得意なものもあり、それは人それぞれ違います」「できないことは人に助けてもらったり、便利なツールを使ったりして、ラクをしてもいいのです」とある。本書もきっと読んだ人をラクにしてくれるだろう。 松森ハルミ 『文字の読めないパイロット』(イースト・プレス) 12ページ キーワードで考える共用品講座第119講「障害を知る本や映画」 日本福祉大学 客員教授 後藤芳一(ごとうよしかず) 1.障害を知る 障害について、それ以前に障害のある人の存在について、本人と周りの人以外は知りにくいことだった。1つ進むのに10年単位の時間を要しつつ、事情は少しずつ 改善してきた。 「知らない」原因は、接する機会が限られた、知識がなかった、目を向ける意識や余裕がなかったなどだ。改善していく過程は、タマゴの殻を破る動きに例えられる。 当事者が声をあげ(殻を内側からツツく:X)、国際的な動きが日本にも届き(外からツツく:Y)、社会が自ら進める(殻が自分で壊れる:Z)である。 最近の半世紀は、当事者が訴えて働きかけ(X)、国際障害者年(1981年)・米ADA法(90年)・国連障害者権利条約(2008年)という権利を確認する国際的な動き(Y)、教育や法制度(障害福祉関連法、差別解消法)、社会の認識や意識の変化(Z)と進んだ。動かす力はX→Y→Zの順に比重が増してきた。 2.本や映画の役割本や映画は多くある。ここでは、障害を第1人称で語る当事者の著作を中心にみることにしよう。何を体験しどう受けとめてきたか。 当事者を起点に著者を分けると、当事者自身(1)、当事者による働きかけを見てきた人(2)、医学や補装具などの専門を通じて関わった人(3)になる。(ほかにも政策〈障害者白書、法制度の解説〉、団体、事業、施設、教育、バリアフリー関係の本もあるが、ここでは略す) 3.本や映画の例手元の本を、発行順に並べると次のようになる(X~Z、1~3は1と2項の定義による、※は歴史の俯瞰的な整理を含む本)。三木成夫(みきしげお)『胎児の世界 人類の生命記憶』(1983年、中公新書)(Z3)、小島直子(こじまなおこ)『口からうんちが 出るように 手術してください』(2000年、コモンズ)(X1)、日本ライトハウス21世紀研究会『わが国の障害者福祉とヘレン・ケラー自立と社会参加を目指した歩みと展望』(02年、教育出版)(XY1※)、矢野陽子(やのようこ)『注文でつくる ―座位保持装置になった「いす」 ―障害者の道具づくり・でく工房の30年―』(04年、はる書房)(Z3)、横塚晃一(よこづかこういち)『母よ!殺すな』(07年、生活書院)(X1)、花田春兆(はなだしゅんちょう)『一九八一年の黒船 JDと障害者運動の四半世紀』(08年、現代書館)(XY1)、杉本章(すぎもとあきら)『障害者はどう生きてきたか戦前・戦後障害者運動史[増補改訂版]』(08年、現代書館)(X2※)、角岡伸彦(かどおかのぶひこ)『カニは横に歩く』(10年、講談社)(X2)、山田明(やまだあきら)『通史 日本の障害者 明治・大正・昭和』(13年、明石書店)(X2※)、藤井克徳(ふじいかつのり)『わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想』(18年、合同出版)(Z1)。映画は『ビューティフル・マインド』(2001年 米国)(Z3)。アカデミー賞作品賞、監督賞、助演女優賞、脚色賞を受賞した。 4.共用品との関係 例にあげたのは2000年以降の本が中心だが、書かれた中身は1960年代から70年代のXが多い。高度成長の一方で大学紛争もあった、団塊の世代が若者だった時代だ。障害への社会の理解が進んでいないために強い力をかける必要があったことと、時代の背景が重なったのかも知れない。その後に時間をかけて熟成して本になったということだろうか。 共用品の活動を始めたのは90年代初頭。経済は安定成長に入る一方で、高齢化が身近になった。共用品は障害からはじめたが、障害種別でなく不便さをみた。その結果、共用品は障害と高齢を橋渡しした。「障害者の権利は高齢社会の水先案内人」(大熊由紀子〈おおくまゆきこ〉)という。障害分野は今も切り羽を先へ進めている(例:障害者権利条約)。高齢化が進むほどに、先行する障害分野は原点として参照され、針路を示すことになる。3にあげた本は、原点の一部を示している。 共用品の担い手は企業、学生、行政など「だれでも」だ。活動を通じて障壁をなくし社会の意識を変える。共用品の本(今回略)はこれに対応する。その意味でZ(社会自体が殻を溶かす)だ。 13ページ インクルーシブな公園 オープン としまキッズパーク 9月26日、東京豊島区に「としまキッズパーク」という公園がオープンしました。区立公園で、障がいのある子もない子も共に遊べるがコンセプトのもと、約1000㎡の敷地内に、赤を基調に遊具、遊び場、空間が多数、配置されています。公園の入口で、検温とアルコール消毒をし、中に入るとすぐに、遊具が組み込まれた展望台が現れます。滑り台は、子供を抱きながらでも親子で滑れるように、幅が広く、着地の衝撃を和らげるために下には、マットが敷いてあります。 ブランコは、安全を考え一定の幅しか振れない仕組みになっています。展望台に登ると公園全体を見渡せ、赤い電車が園内を走っているのを見ることができます。 イケデンの内側・外側1周約65メートルの線路を走るミニSL「IKEDEN(イケデン)」は、乗る時には足元の扉を開けて乗る仕組みで、車椅子から移乗できれば、乗車することができます。1回の乗車で園内を2周することができ、トンネル、踏切、滝、山などを通りながら、園内にある遊具や施設をみることができます。 中央の「さんりんしゃひろば」には、足が絡まりにくい三輪車や、後部座席のついた二人乗りの三輪車、荷台付きの大型三輪車などがあり、自分にあったものに乗って、線路沿いの「さんりんしゃコース」を走り廻れます。 イケデンが走る外側にも多くの遊具、遊び場が広がります。 圧巻は砂場です。車椅子を使っている子供も一緒に遊べるように、車椅子に座って手が届く高さに、砂場全体が高くなっているのです。 屋根付きの場所直接日光にあたることができない子供、遊具ではまだ遊べない子供も遊べる屋根付きの空間「キッズハウス」があります。たくさんの木のボールが入ったプールには緩やかな滑り台がつき、人気遊具の一つです。赤い木の家の赤い扉をあけると、廊下の両側が4段になった本棚があり、絵本や児童書が数多く並んだ図書室になっています。 きっかけ 開設のきっかけは、区内にあるNPO法人SUPLIFE の代表井田美保(いだみほ)さんが、共生社会の実現をめざす一環で、区に提案したことでした。多くの人の賛同を得た提案は、区長をはじめ多くの関係者の共感を呼び、デザイナーの水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さんが、細部に渡って「共に遊べる」を徹底し、具現化されたのです。 入場は無料。予約制で1回1時間、午前は区内の保育園等が優先になり、雨の日は外の遊具が使えない場合があります。子どもたちが楽しむ姿を見ながら、多くの地域にこの考えの公園が広がればと思いました。 星川安之(ほしかわやすゆき) 写真1:ミニSL「IKEDEN」 写真2:屋根付きのキッズハウス 写真3:揺れすぎの心配のないブランコ 14ページ オンライン共用品講座 「初めて」の講座 共用品推進機構に2017年発足した共用品研究所の事業の一環で、「共用品講座」をオンラインで行いました。 これまで、学校、企業、各団体、自治体等からの依頼で、共用品に関する対面の講座を数多く行ってきました。今回は初めて、オンラインソフトZoomを使い、企画、募集、実施まですべて機構内で行いました。 3回シリーズ共用品を知っていただくために、共用品推進機構の事業の3本柱である①調査、②標準化、③普及を、1回ごとのテーマとし、3回シリーズにしました。 昼間は仕事で受講できない方もいると考え、夕食が済んだ頃の午後7時から8時半までとしました。恐る恐る募集したところ、65名の方に申し込んでいただきました。東京近辺だけでなく、日本全国からお申し込みがあり、オンラインならではと感謝した次第です。 参加者には、事前にメールで、レジュメとともに、Zoomに参加するためのURLを送り、心配な方には接続確認をさせていただきました。そのような状況で、9月11日、第1回目の講座を迎えました。 講座第1回目の講座テーマである「調査」では、本題に入る前に、共用品に関するトピックスを紹介し、そもそも共用品とは何かを説明しました。 オンライン講座では、受講者は、質問等で発言する場合を除き、ご自分の顔と声をオフにしています。講座をする側は、聞いている方々の反応をその場で知ることができません。 人がいる会場の場合は、聞いている方々の表情を確認しながら深めたり、さらっと言ったりできます。オンラインでは表情がわからないため、自分の話している内容を、自分で納得できるかが問われることに気づきました。それは、話の組み立て、画面に映し出す一枚一枚のパワーポイントにも、影響を及ぼしました。 第1回目の「調査」では、不便さ調査にはモノやサービスをマイナスからゼロへ向かわせる力があること、ゼロからプラスに向かわせるには不便さ調査だけでは十分でないこと等をお話ししました。調査を受ける側として、ゲストの芳賀優子(はがゆうこ)さんに、ロービジョンの立場で話していただきました。 第2回目の「標準化」では、共用品関連の国内外の規格開発の目的と経緯を紹介しました。ゲストの竹島恵子(たけしまけいこ)さん(交通エコロジー・モビリティ財団)に、案内用図記号の標準化に関して話していただきました。 第3回目は、「普及」と題し、共用品がどのように広がってきたかをお話ししました。ゲストとして、元オリエンタルランドの望月庸光(もちづきのぶあき)さんをお招きしました。 毎回いただくご質問や感想で、改善すべき点を教えていただけました。オンライン講座は、コロナ禍の終息後も続けていきたいと思っています。 星川安之 写真:共用品について学ぶ講座 15ページ コロナ禍での不便さ調査 開始報告 コロナ禍になってから、「障害のある人たちは、どのような不便さを感じておられるのでしょうか?」という問い合わせが、共用品推進機構に複数届いています。 当事者団体 日本障害フォーラム(JDF)及び、日本障害者協議会(JD)を含め、JDFの加盟団体も、関係省庁に対して各種要望書を提出しています。 JDFでは、市民を対象とする対策や支援から、障害者が排除されることのないようにを、前提に、次の4項目をあげています。 1.予防・検査。医療体制では、マスクや消毒液などの確保並びに、検査実施の明確化 2.情報提供と相談体制では、Web等の情報のアクセシビリティと相談窓口へのアクセスの確保 3.サービスの継続確保では休業、外出制限があっても、障害者が利用する福祉サービスの利用が可能であること 4.生活支援では、必要に応じて、物品や資金面での支援 があがっています。 業界団体 一方、産業界では多くの業界が、コロナ禍でガイドラインを作成しています。それぞれのガイドラインは、首相官邸の「新型コロナウイルスへの備え」、同「感染症対策特集」、厚生労働省の「新型コロナの感染症について」などを参考に、それぞれの業界に則したものになっています。お客さんが来店・来場する業界では、 1.入口等で衛生的配慮、対面での飛沫感染防止、廃棄物の処理など、設備・環境など全般に渡る配慮 2.スタッフの健康管理、マスク・フェイスシールドの装着、密集・接触を避けるなど、スタッフの健康に関する事項 3.予約制の徹底、予約・受付に関する事項 4.お客さまの体調チェック、マスク等装着の確認など、お客さまの来店・来場時に関する事項など が書かれています。 ガイドラインが作られていることは、重要なことですが、個別の対応に関する応対方法についてはまだまだ十分ではないようです。備考の位置づけで、高齢者や持病のある人に関しては、「より慎重で徹底した対応を検討する」とのみ書かれているものが多い状態です。 障害者への調査 そのような背景のもと、共用品推進機構では、2つの調査に関わっています。一つは、インクルでもたびたび登場していただいている岡田正敏(おかだまさとし)さん(左半身不随)、小川光彦(おがわみつひこ)さん(難聴)、芳賀優子(はがゆうこ)さん(ロービジョン)の3名に、コロナ禍での不便さをアンケートでうかがいました。一部を紹介します。 店頭にある消毒液は、岡田さんは「ポンプを片手で押すことが困難。そのため、手をかざすと自動で諸毒液が標準になればと思う」に対して、芳賀さんは、普段行きなれた店でも、消毒液がどこにあるかが分からず戸惑った」とのことです。小川さんから、マスクをしている人との会話は、相手の口の形が見えないので、読唇が困難になり、コンビニでのレジで、「袋、いりますか?」が分からず戸惑うことがあるとのことでした。さらに、在宅でのオンライン会議では、字幕や手話などでの情報保障がされていないと、参加が困難とのことです。 二つ目の調査は、一昨年、良かったこと調査に協力いただいた杉並区の障害者団体連合会に協力する形で行っているものです。既に170件ほどの回答が集まっています。まとまったら、改めて紹介させていただきます。 星川安之 16ページ 本の街「こころの目線を合わせる」【事務局長だより】 星川安之  東京千代田区神田神保町は、多くの出版社、新刊書店、古書店が並び、平日、休日を問わず多くの人が訪れています。この街にカレー屋さんが多いのは、本を購入した人たちが、片方の手で本を持ちながら、もう片方の手でスプーンを持つことができるからとも言われています。  150 軒ほどある古書店は、分野別の専門書を扱う店も多く、お客さんが探している本が自分の店にない場合は、多くの店のご主人は、その本がある可能性の高い店を紹介してくれます。それは、わざわざ神保町まで本を探しに来た人の切実な気持ちを店主が理解しているからです。  そんな街にある神保町ブックセンターは、岩波書店の書籍中心の書店ですが、カフェが併設され、購入した本を熱心に読む人、出版などに関する打ち合わせをする人たちが、珈琲を飲みながらの時間を織りなしています。書店とカフェの奥には、50 名ほどが入れるスペースがあり、原画展などと共に、本に関するトークイベントが開催されています。  昨年からそのトークイベントに新たなシリーズが加わりました。そのタイトルが「本の街で、こころの目線を合わせる」です。神保町に本社のある合同出版では、数年前からイラスレーターや漫画家が自身の障害について紹介した漫画を数多く出版し、幅広い層に障害について「知るきっかけ」を提供してきました。それらの本が知らせる障害は、「解離性障害」、「適応障害」、「発達障害」、「双極性障害」、「慢性疲労症候群」、「統合失調症」、「会食恐怖症」、「場面緘黙症」、「重度うつ病」、「ADHD・アスペルガー等の発達障害」、「吃音」などです。 はじめて聞いた障害名もあるかもしれませんが、精神疾患に分類されている障害です。それぞれの本を読むと、名前も知らなかった障害を知れるだけではなく、名前だけ知っていた障害が、自分の思い込みと違っていることを知ることができるのです。  さらには、マンガ作者である障害当事者と、作者の意図したことをうまく引き出してくれる人とで、トークイベントをしようと企画したのは、合同出版編集長の坂上美樹(さかがみみき)さんです。そしてその企画を受け止め、タイトル名を「本の街で、こころの目線を合わせる」と名付けたのは、神保町ブックセンター店長永礼欣也(ながれいきんや)さんです。二人の企画を最初に賛同し出演してくれたのは、解離性障害のTokin さんと、対談相手のお笑いの山田ルイ5 世(やまだるい53せい)さんでした。50 名の定員はすぐに完売となり、当日を迎えました。最初の1分は、来場者も少々硬い表情でしたが、1分をすぎると、山田さん、Tokin さんの話に、会場全体が引き込まれ、目からウロコをおとす人が続出しました。  月1回のこのトークイベントは、回を追うごとに、こころの目線を合わせる人が増えましたが、コロナ禍で会場に集まることが困難になると、坂上さん、永礼さんはすぐにオンラインイベントに切り替えました。すると、今まで遠方で来られなかった人も、参加でき、多くの場所で、こころの目線を合わせる人が増えています。是非一度、覗いてみてください。 共用品通信 【会議】(Web会議室システムWebex) 9月14日 第1回AD国際標準化委員会(本委員会) 9月17日 第1回TC159国内検討委員会 9月17日 第1回TC173/SC7国内検討委員会 10月29日 第1回 障害者、高齢者等アクセシブルサービス検討委員会 【講義・講演】 共用品講座(オンライン) 第1回 9月9日 調査 ゲスト 芳賀優子氏 第2回 10月14日 標準化 ゲスト 竹島恵子氏 第3回 11月11日 普及 ゲスト 望月庸光氏 岡山県 9月12日 法政大学 9月19日 星川 日本工業大学 10月15日 星川 東京女子大学 10月23日 星川 台湾金属工業発展中心 小林毅氏・星川 和光大学 共用品講座 10月28日 星川 【報道】 時事通信社 厚生福祉 9月8日 共用品の生みの親 時事通信社 厚生福祉 9月29日 トークイベント「会食恐怖症」 時事通信社 厚生福祉 10月13日 『きつおんガール』が伝える教養 トイジャーナル 9月号 オンライン・チャレンジド・ヨガ トイジャーナル 10月号 本の街で「こころの目線を合わせる」 福祉介護テクノプラス 8月号 コロナ禍の中で 福祉介護テクノプラス 9月号 コロナ禍で広がるWebオンライン会議・講座 高齢者住宅新聞 9月9日 「2センチの段差」が持つ意味 高齢者住宅新聞 10月14日 普及進むAED シルバー産業新聞 9月10日 街の時計屋さん アクセシブルデザインの総合情報誌 第129 号 2020(令和2)年11 月25 日発行 "Incl." vol.21 no.129 The Accessible Design Foundation of Japan (The Kyoyo-Hin Foundation), 2020 隔月刊、奇数月25日に発行 編集・発行 (公財)共用品推進機構 〒101-0064 東京都千代田区神田猿楽町2-5-4 OGA ビル2F 電 話:03-5280-0020 ファクス:03-5280-2373 Eメール:jimukyoku@kyoyohin.org ホームページURL:https://kyoyohin.org/ 発行人 富山幹太郎 編集長 星川安之 事務局 森川美和、金丸淳子、松森ハルミ、田窪友和 執筆 朝来おかゆ、安藤信哉、海老原宏美、大胡田誠、小乃おの、久保耕造、後藤芳一、酒井綾子、多屋光孫、中橋道紀、芳賀優子、増田一世、モリナガアメ 編集・印刷・製本 サンパートナーズ㈱ 本誌の全部または一部を視覚障害者やこのままの形では利用できない方々のために、非営利の目的で点訳、音訳、拡大複写することを承認いたします。その場合は、共用品推進機構までご連絡ください。 上記以外の目的で、無断で複写複製することは著作権者の権利侵害になります。