インクル132号 2021(令和3)年5月25日号 特集:しゃがむ? Contents 令和3年度共用品推進機構事業計画 2ページ プレイバック バリアフリービデオ 『見えない世界・聞こえない世界』26年ぶりの再会 4ページ 「しゃがむ・しゃがまない」と「工夫」 6ページ 「しゃがむ」「しゃがまない」と共用品 8ページ しゃがみ地獄の恐怖 9ページ しゃがまなくても 10ページ キーワードで考える共用品講座第122講 12ページ 使いやすい音声認識専用端末 13ページ イノベーション実現としての共用品推進活動 14ページ オンラインによる共用品・共用サービスの検討経過 15ページ 事務局長だより 16ページ 共用品通信 16ページ 表紙 モデルの人形は、アトリエニキティキの「自在人形」です 2、3ページ 令和3年度共用品推進機構事業計画 ~未曾有の事態を経験し、新しい視点で挑む~  令和3年(2021年)3月29日付の理事・監事の書面審議により、令和3年度の事業計画が承認されました。 今年度も、「調査・研究」、「標準化」、「普及・啓発」の三つの柱に、昨今の課題である感染症への取り組みを加えて業務を遂行します。 本誌では主な事業についてご報告します。 富山幹太郎(とみやまかんたろう)理事長挨拶  この1年、毎日のように「コロナ禍」という言葉を目にし、耳にするなかで、とかく下向きになりがちな気持ちを奮い立たせてくれたのは、人の強さだったように思います。 「禍転じて福となす」との言葉があるように、私たちはこの未知なる災厄にもしなやかに対峙してまいりました。 例えば「会えない時間」がデジタル会議の活用を加速させ、これまで以上に人との距離を縮めてくれたように、 「不便さ」を解消し、さらにそれ以上の価値をもたらすということは、きっと難しいことではないのだということに改めて気づかされた思いです。  すべての「禍」が「福」にはならないかもしれませんが、行動することをやめてはいけないと思っています。引き続き皆さまのご支援ご協力をよろしくお願いいたします。 1.調査研究 (1)障害児・者/高齢者等の日常生活環境における不便さ等の実態把握(調査方法)の構築検証・実施  これまで実施してきた、「良かったこと調査」のうち「地域における良かったこと調査」(杉並区・練馬区・千代田区・岡山市・沖縄県)を参考に、新たな地域において実施します。 (2)コロナ禍による新しい生活様式における不便さ、工夫、要望調査  新型コロナウイルスの感染拡大の状況で、障害のある人たちがどんな不便さを感じ、どんな工夫をし、どんな要望があったかを、 障害当事者団体と共に実施し、解決のためのガイドラインの素案を作成します。 (3)共用品市場調査の実施  令和3年度は、令和元年度までに実施してきた共用品市場規模調査及び手法に関しての分析を引き続き行い、調査対象の範囲並びに、 今後共用品を普及するために必要な事項の課題抽出を行いながら、共用品市場規模調査を実施します。  また、共用サービスにおける市場規模の調査の可能性を検討します。 2.標準化の推進 (1)アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)国際規格の作成及び調査・研究  これまでに行ってきた国際標準化機構(ISO)内のTC173(障害のある人が使用する機器)及びTC159(人間工学)に提案し承認された案件を、国際規格制定に向けて作業グループ(WG)で審議します。 ⅰ.AD使用性評価(TC159/WG2) ⅱ.視覚障害者用取説(TC173/WG12) ⅲ.ニーズ調査等共通設計指針(TC173/SC7) (2)共用サービス(アクセシブルサービス)の国内標準化に向けた調査・研究  共用サービス(アクセシブルサービス)に関する規格作成に向けて、職場、店舗、消費者窓口、医療、公共施設、イベント等の共用サービスに関する既存のガイドライン及び各種ニーズ調査等を整理分析し、開発すべき共用サービスの共通並びに個別規格の体系図を作成し、アクセシブルサービス(共用サービス)規格(JIS)の作成準備を行います。 (3)関連機関実施の高齢者・障害者配慮設計指針規格作成及び調査研究に関する協力  令和3年度は、アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)に関係する調査・研究並びに規格作成を行っている機関と連携し、アクセシブルデザイン標準化(住宅設備機器等)への協力を行います。 3.普及及び啓発 (1)共用品普及のための共用品データベースの実施  令和2年度までに行ってきた共用品のデータベースの試行を基に、障害のある人を含む多くの消費者が、的確な共用品を選択できる仕組みを構築するため、 使いやすさや検索のしやすさについて検討を行い、データベースを構築し試行を開始します。 試行の際、令和元年度までに作成した高齢者・障害者配慮設計指針の日本工業規格(JIS)、ISO/IECガイド71、関係業界の高齢者・障害者配慮基準等、 関係機関と協議し作成した共用品(=アクセシブルデザイン)共通基準(素案)を基に作成した共用品の使用性評価制度を基に検証します。 (2)共用品・共用サービス展示会の実施  平成22年度に作成した「高齢者・障害者配慮の展示会ガイド」を活用する展示会主催者に協力し、展示会における高齢者・障害者配慮の実践を継続します。 また、共用品の展示に関しては、展示会を実施しより多くの人たちに共用品及び共用品の考え方の普及を継続して行います。(千代田区・文京区・江戸川区・国際福祉機器展等) (3)共用品・共用サービスに関する講座等の実施・検証  令和2年度までに実施してきた共用品・共用サービスに関する講座に関して ①対象(企業、業界団体、アクセシブルデザイン推進協議会=ADC)、一般市民、就学前の子供~大学院生等ごとに、 ②伝える事項(コンテンツ)、視覚的ツール(共用品のサンプル、PPT、ビデオ等)、配布資料等を用意し、対面及びオンライン講座を実施します。 さらには、より多くの機関で、共用品講座を行えるような仕組みを構築し継続して検証します。 また、平成29年1月1日に発足した共用品研究所と、共用品に関する研究の情報共有を図ります。 (4)施設における共用サービス・共用品の普及・啓発  これまでに実施してきた施設における共用サービスの普及事業を、各種施設で継続して実施します。 (5)国内外の高齢者・障害者、難病等関連機関との連携  国内外の関連機関と連携をし、各種情報を共有し、共用品・共用サービスの普及を図ります。(アクセシブルデザイン推進協議会等) (6)障害当事者等のニーズの収集  令和2年度までに実施してきた障害のある人達を対象としたニーズやアイディアを継続的に収集しながら、収集したニーズを基に共用品の重要性を深め普及を促進する教材の検討を行います。 (7)共用品・共用サービスに関する情報の収集及び提供  令和元年度までに収集した資料、情報を整理してより多くの人達に情報提供すると共に、新たに入手する情報に関しては、内容、体裁、発行頻度を再検討し、より効果的な形で配信します。  配信した情報は、項目ごとに整理し今後の共用品・共用サービスに関するあるべき姿を検討するために分析を行い、各委員会等の資料として提供し、 さらにウェブサイトに共用品推進機構の活動や共用品情報を掲載し広く活動を知らせます。共用品の研究調査の情報収集は、共用品研究所と連動して行います。 写真:富山幹太郎理事長 4、5ページ プレイバック バリアフリービデオ 『見えない世界・聞こえない世界』26年ぶりの再会 はじめに  30年前の不便さ調査は多くの人に読んでいただいたが、文字だけでの伝達に限界も感じていた。 そんな時、花王(株)情報作成センターの方々と話す機会があり、「調査で明らかになったことを、映像にしましょう」と言っていただき、ビデオ作製がスタートした。  1作目の「見えない眼で歩いた街」は、小型カメラを野球帽に付けた全盲の高橋玲子(たかはしれいこ)さんが街で出会うモノやコトを伝えたビデオで、 多くの感想が寄せられ、2作目「見えない世界・聞こえない世界」へとつながった。  2作目は、全盲の宮城好子(みやぎよしこ)さん・夫の正(ただし)さん(弱視)・三人の娘さん、 そして聴覚障害の野邊美栄子(のべみえこ)さん・夫の博文(ひろふみ)さん(健聴)・二人の姉弟の家族が交互に登場する。 交互に登場で、不便さの違いがわかる。家族の怪我や病気で宮城さんはどれだけ血がでているかがわからず、一方、野邊さんは就寝中、子どもの咳き込みが聞こえない。  バスでは、来たバスの行先がわからない宮城さんと、車内の音声案内が聞こえない野邊さんの違いは映像だから伝わった。  不便さを伝えるビデオだが、必ず顔を見ながら野邊さんと会話する家族、段差や食器の位置をさりげなく手を触れて示す宮城さんの子どもたちは、不便さ解決へのヒントを伝えている。  このビデオシリーズは、『みんな一緒~雅士くんの一学期~』、『みんなで跳んだ』と続き、26年たった今も花王さんは、貸し出しを続けて下さり、数多くの感想が届いている。 「自分には遠い話と思っていたが、私にもできることがあると思った」、「20年前は高校教師として、現在は中学教師として生徒に見せています」などなど。 26年目の再会  2作目のビデオ完成から26年目の今年、嬉しい再会があった。手話通訳士の森本行雄(もりもとゆきお)さんは、26年前、このビデオを見た。 そこには彼が以前から知っている野邊美栄子さん、宮城さん夫妻が映っていた。 そして今年の3月、森本さんは「みみよみ」という視覚障害者が行うナレーションを支援する会社が設立されたこと、設立者は「視覚障害者の両親を持つ3人姉妹」であることを知り、 検索すると、その両親が宮城夫妻だった。森本さんは、野邊さんに連絡するとともに、共用品推進機構にも連絡を下さった。 それをきっかけに野邊夫妻、宮城夫妻、花王の櫻さくらい井学まなぶさん、森本さんと私とがオンラインで会えることになったのだ。 オンライン会議開始!  4月19日午後7時、定刻になると26年前の顔と声が画面越しに映出された。花王の櫻井さんは、ビデオでは編集担当、皆さんと会うのは初めてだが、 編集時に何度もお顔を見ていたので初めての気がしないこと、そして、このビデオの総監督だった花王の辻岡勝彦(つじおかかつひこ)さんが病気と闘いながら撮影し、 完成させてくれたことを改めて報告して下さった。  野邊家では、ビデオ撮影当時はお子さんたちが、母親との会話にご主人の通訳が必要な時期、ビデオはその記録にもなったと話してくれた。  宮城好子さんは、出演することが決まった時、女優になれる!と大喜び、ビデオ完成後、「宮城さんですよね?ビデオ見ましたよ!」と、 会社の研修で見たという複数の人から駅で声をかけられたと話してくれた。  ビデオ撮影後、野邊家には男の子が生まれ、今は両家族ともお子さんが独立し、ご夫婦二人の暮らしだ。 宮城家の三人娘は、結婚する前にビデオを相手方の家族に見てもらった。 末娘は国際結婚、不安のあった先方の家族が「こんなに明るい家族なら心配はない!」と、ビデオが結婚を後押しした。 変わった事、変わらない事  宮城正さんは、26年前に比べ、歩いていると声をかけてくれる人が増えたと言う。 宮城好子さんは、「各種機器の10キーの5番に凸点がついたこと、どのメーカーのシャンプーにもギザギザがついたこと、 点字や音声がついた製品が増えたことは、ビデオを見た子どもたちが大人になり、みんなが使える製品を開発してくれたからじゃないかと思う。『ありがとう』が言いたい」と話してくれた。  野邊美栄子さんは、バス車内に電光掲示板で次の停留場が示されたこと。26年前は風呂のお湯を出しっぱなしにしたことを話したが、 今は自動で止まる仕組みになりお湯が溢れないこと。主人や子どもに頼んでいた職場への連絡も、スマホで一人でできるようになったことを紹介するとともに、 35年間、東京都世田谷区の職員として働いてきて、「家でも職場でも大切なのはコミュニケーション。ポイントは笑顔。それに相手に興味をもつこと」と話してくれた。  野邊博文さんは、ビデオで店員さんが言葉だけでコミュニケーションすることを指摘していたが、 最近では、メニューも指差してくれること、手話で応対をする店員さんが増えてきたことを教えてくれた。 そして最後に、「障害のある人や家族が、障害を隠さないことが重要と思う」と話してくれた。  最後に困っていること聞くと、全員がスマホが行方不明になった時に探すのが大変という話で盛り上がり、 2時間という時があっと言う間に過ぎた。コロナ禍が解決したら、実際に会うことを約束し、今回の再会のきっかけを作ってくれた森本さんに感謝しお開きとなった。 星川安之(ほしかわやすゆき) バリアフリービデオの貸し出しに関しては、下記にお問い合わせください。 電話かFAX、またはメールで花王(株)社会貢献部までご連絡ください。 TEL:03-3660-7057 FAX:03-3660-7994 メール:kouho@kao.co.jp https://www.kao.com/jp/corporate/sustainability/society/community/barrier-free/video-4/ 写真1:野邊さんの顔を見て話す長男 写真2:食器の位置を伝える宮城さんの娘さん 写真3:26年ぶりのオンラインでの再会 写真4:宮城好子さん 写真5:野邊美栄子さん(左)、博文さん(右) 6、7ページ 「しゃがむ・しゃがまない」と「工夫」 日本医療科学大学 作業療法士 小林毅(こばやしたけし)  今回、「『しゃがむ・しゃがまない』ときの便利・不便を特集するから、専門的な立場から書いて」と依頼がありました。 そういえば、「しゃがむ」とはよく言いますが、それほどは深く考えたことがなかったので、ハッとして、改めて考えてみることにしました。 「しゃがむ」を辞書で調べると  広辞苑で調べると、「しゃが・む:うずくまる。かがむ。鹿の小餅『持ち出す道具うけとる手筈で―・んでゐたり』。『道端に―・む』」という動詞であることがわかります。 つまり、人がする動作の1つということがわかりました。動作なら、私たちの得意なところです。では、「動作する」ということから考えてみることにしましょう。 「動作する」ということ①  私は「作業療法士」なので作業療法士たちが学んだ「基礎運動学」という書籍で調べると、 「行為(action)や動作(motion)は、運動(movement:各体節の空間的位置の時間的変化)によって達成される結果(end)あるいは運動の向けられた目標(goal, target)で定められる (「中村隆一他著:基礎運動学第6版.医歯薬出版,2019」から筆者が要約)」と記されています。 何のことだか、さっぱりわかりませんね。簡単に言うと、パラパラまんがのように姿勢が時間とともに変化していくことだとイメージするとわかりやすいかもしれません (「パラパラまんが」がわかる世代にだけかな?)。 「しゃがむ」は、立っている(立位)姿勢から、徐々に姿勢を変えて、すわっている(座位・坐位)という姿勢になることを言います。 一般的には、「座る・坐る・すわる」と言いますが、「座位・坐位」にはいろいろな姿勢(すわり方)があり、椅子などのものにすわるようなときは「座る・坐る・すわる」、 それ以外は「しゃがむ」と使うようです。しかし、必ずしも決まりがあるわけではないようです(図1)。 「動作する」ということ②  「動作する」には、運動が必要になります。ひとは運動をすれば、必ずそこに「重心の移動」を伴います。 「重心の移動」が伴うということは、必ず姿勢が不安定になります。 この不安定さは、運動は位置と時間的な変化ですから、位置の動いた幅・距離や動きに伴う速度や加速度が大きく関係します。 また、「重心の安定」には、「重心の高さ」や「重心を支持する面の広さ」なども深く関係します。 今回は、このような説明は省きますが、「バランス」や「ふらつき」といった課題が必ずあることだけは覚えておいてください。 そもそも、なぜひとは「しゃがむ」のでしょうか  ひとは、その進化の過程で「二足で立ち」、「二足で移動する(歩く・走る・跳ぶ)」ことを獲得しました。その一方で、四足動物よりも重心の安定性を欠くことになりました。 「なぜひとは『しゃがむ』のか」については諸説ありますが、疲れたときには立ったままよりも安定した姿勢で休息する姿勢を確保することを身につけたともいわれています。 確かに、立位での「休めの姿勢」もありますが、「しゃがむ」「椅子にすわる」といった方が安楽であることは誰でも実感するところです。 日常の生活の中の「しゃがむ」こと・「しゃがまない」こと  日常の生活では、当然、「休息する」ことは大切なことです。 しかし、生活するといった視点では、「立っている(立位)」と「しゃがむ(しゃがんだ姿勢)」では、手の届く範囲が大きく異なり、これに合わせて「できること」が制限を受けることもあります。 車椅子を利用したときの手の届く範囲を参考に、「立位」と「しゃがんだ姿勢」の手の届く範囲をイメージしてみてください (図2:ハンディキャップ者配慮の設計手引き/日本建築学会設計計画パンフレット26/昭和59年/発行:彰国社に筆者イラストを加筆)。 例えば、車椅子にすわった姿勢では電気コンセントには届きませんし、床に落ちたものを拾うこともできません。高さも155cmぐらいまでですから、スーパーの棚の上の物には届きません。 しかし、「しゃがむ」と床の物にも手が届きます。ただし、さらに上の物には手が届きません。「立った姿勢(立位)」では、上の物には届きますが、床の物にはさらに届きません。 このように、姿勢は手の届く範囲だけではなく、日常の生活で必要なことの「できること」「できないこと」に大きく影響しています。 日常の生活の中の「ひとの工夫」と「ものの工夫」  このように「姿勢」は、日常の生活の中で必要な物事の「しやすさ」や「しにくさ」に大きく関与しています。 しかし、一方では動作することは重心の移動を伴い、「重心の安定」に関連した「バランス」などのさまざまな困難があることをお伝えしました。 この困難を解決するためには、大きく2つの工夫があります。 〇ひとの工夫  例えば、「部屋を掃除する」ことを考えると、掃除機を使うときに立った姿勢(立位)ではコンセントに届きませんから、 掃除機ロボットを使うといったように「掃除をする方法を変える」ということも考えられます。 しかし、「掃除は、やはり掃除機をかけないと満足しない」といったことでは叶いません。 さらに、掃除機ロボットを使うためには、基本的に床に物を置かないといった工夫も必要です。 〇ものの工夫  手持ちの掃除機を使うために、安全に手が届く動作で行えるようにコンセントの位置を変えることも考えられます。 もちろん、「手すりに摑まる」といった「ひとの工夫」を伴いますが、コンセントを適切な場所に設置するといったものの工夫も必要です。 もちろん、掃除機ロボットや充電式バッテリーの掃除機など「ものの工夫」という点での開発も今後に期待できるところです。 むすびに  「しゃがむ・しゃがまない」ということから、「手の届く範囲」を引用して、日常の生活に必要な動作を安全に行うための「ひとの工夫」「ものの工夫」について考えてみました。 これらは、どちらかでうまくいくものではなく、両方がそろってうまくいくことを理解していただければ幸いです。 図1:「座る・坐る・すわる」と「しゃがむ」のイメージ 図2:手の届く範囲のイメージ(左2つの図が「ハンディキャップ者配慮の設計手引き/日本建築学会設計計画パンフレット26/昭和59年/発行:彰国社」 8ページ 「しゃがむ」「しゃがまない」と共用品 公益社団法人日本リウマチ友の会 会長 長谷川三枝子(はせがわみえこ) 創立60周年『2020年リウマチ白書』発刊  日本リウマチ友の会は、2020年創立60周年を迎えました。 1960年発足以来「リウマチに関する啓発・リウマチ対策の確立と推進に関する事業を行い、リウマチ性疾患を有する者の福祉の向上に寄与すること」を目的として活動を続けてまいりました。  今日までの60年間、リウマチ患者をとりまく医療・福祉・社会環境は大きく変化しております。 これは、当会が5年ごとに実施している創立記念事業の一つ、リウマチ患者の実態調査の結果をまとめた「リウマチ白書」の中に如実に反映されております。  この「リウマチ白書」は、当会の活動の基礎資料であり、白書の中に出てきたリウマチ患者の抱えている問題を一つひとつ解決することにより、今日までリウマチ患者の療養環境を整えてまいりました。  近年、リウマチ治療は大きく進展し、治療の目標が「寛解」を目指せるようになりました。今の時代の患者の姿は『2020年リウマチ白書』の中から読みとることができます。  しかし、「寛解」を目指せる時代であっても、病歴の長さや年齢により、日常生活動作で困難をきたしている人は60%強おります。その困難なところを補装具や自助具を活用して自立へとつなげています。 長柄の靴ベラ  私は、両膝を人工関節にしてから、床に座ったり、床のものを取る動作ができにくくなりました。 靴をはく動作もたいへんになり、長柄の靴ベラを使っています。はく時は、つかまる所かいすが必要です。  通院している医院玄関にはいすが置いてあるので、いすに座って靴をはく・ぬぐ動作が安心してできます。 杖での工夫  外出時、両膝の人工関節は外から見えず、駅など人の多い所を歩く時はぶつかられることがあるので、杖は足が不自由な人の目印としての役割もしています。 ただ、手が滑って杖を倒した時に拾えないことがあるため、持つ所に滑り止めグリップカバーをつけましたところ、しっかり持てるようになりました。  また、テーブルで仕事をする時に、杖が倒れないよう、テーブルに固定できる愛称〝ころばぬ杖〞をつけてしっかり固定していて安心です。 写真:『2020年リウマチ白書』<総合編>(上)、長柄の靴ベラを使って(中央)、“ころばぬ杖”(下) 9ページ しゃがみ地獄の恐怖 某IT企業特例子会社勤務 岡田正敏(おかだまさとし)  私は、十年程前に脳出血で倒れ左半身マヒになりまして、今でも左の手と足が思うように動かない状態です。 歩行は杖を突いて何処へでも行けるレベルなのですが、しゃがむ事は、危険を伴うとても大変な行動です。 それがどのくらい大変かと言うと、例えば、百円玉が落ちているのを発見しても拾わないぐらいです。 五百円以上でないとしゃがんでまで拾おうという気が起きない程の大変さなのです。(注:裕福度によって金額は変わります)  それでは、その地獄のような大変さを具体的に説明していきたいと思います。 何故そんなに大変か?  しゃがむ為には当然膝を曲げなければならないのですが、その時にバランスを取るのが大変で、下手をすると転んでしまいます。 また、どこまで膝を曲げてその状態を保持するかも問題で、中腰では相当な体力を消費するので、長い時間は無理です。  そして、立ち上がる時が最も大変なのですが、これは非常に力が必要ですし、最悪立ち上がれなくなる事もあります。 どんな時にしゃがむか?  しゃがむ場面は、「落とした物を拾う」以外でも、「靴の脱ぎ履き」、「下の段の棚の整理」、「低い所や床の掃除」、 「自販機の取り出し」、「庭の草むしり」など、日常生活のいたるところに試練の場はやって来ます。  中でも一番つらいのは「和式しかないトイレ」です。普段は当然我慢しますが緊急の時は、死を覚悟して挑戦しなければなりません。  また、「動物と戯れる」のも断念せざるを得ません。美女が犬を連れて散歩しているのに遭遇した時などは、仲良くなれるチャンスを逸するので本当に悔しい思いをしています。 しゃがみ地獄での女神達  このつらい地獄にも仏はいます。私はそれを女神と呼んでいるのですが、しゃがむ時に頼りになる便利なアイテムをいくつか紹介したいと思います。  一番の女神は手摺です。その場に手摺さえあれば、どんな状況でも果敢に挑戦する事が出来ます。転ぶ危険も立ち上がれなくなる事もありません。  しかし、いつも手摺があるとは限りません。そんな時に頼りになるのが、しゃがむ必要がない女神です。例えばスティック掃除機は、片手の私でも楽に掃除ができるのでとても重宝しています。  また、しゃがんだ状態を保持できる女神は私の必需品です。私が愛用しているのは、持ち運びが簡単で高さも自由に調整できる椅子です。 しゃがんでの作業は、それが床なのか一番下の棚なのか二番目なのか等によって最適な高さが違うのでとても便利です。 ただ残念な事に両手を使わないと調整ができないため、片手の私は妻の手を借りなければなりません。家の女神のご機嫌をとらなければならないので、ある意味最も大変です。  そして、転んでしまって手摺もない最悪の状況では、文字通り女神の助けが必要になります。もちろん一人で立ち上がれれば何の問題もないのですが、これには相当な訓練が必要です。 結論  結局、しゃがんでも転ばぬように、中腰を長時間保持できるように、一人でも立ち上がれるように、日々の訓練を重ねなければ、しゃがみ地獄からの解放はありません。 今日も私は汗まみれでスクワットに励みます。 写真:岡田正敏氏(左)、椅子の使用方法(右) 10ページ しゃがまなくても1 温水洗浄便座  日本の家庭の81%に普及する温水洗浄便座。1964年日本の大手衛生陶器メーカー2社がそれぞれ輸入販売を開始。3年後、1社が国産化した製品の販売を始めました。 当時のトイレは和式が主流でしたが、徐々に下水道が整備され、洋式に変わっていきました。  テレビCM、工事屋が体験による説明を個々の家庭で行う、便座が設置された公共設備の地図を作り、使った人の体験を小冊子にまとめるなどの広報の結果、温水洗浄便座も普及していきました。 自動販売機  自動販売機の中には、背の低い子どもや車椅子使用者でも最上段のボタンを押せるように補助押ボタンや、しゃがまず楽な姿勢で商品を取り出せる取出口などが付いたものがあります。 足腰が痛かったり、手が届かなかったり、荷物を多く持っているときなどに便利です。  また、上段にある商品と下段にある商品を入れ替えることができ、手を上に伸ばさなくてもボタンを押すことができるタッチパネル式の自動販売機もあります。 靴べら  靴べらは英語でシューホーン。動物の角でできたものが起源で、現在、高級な靴べらは水牛の角でできたものです。靴を履く際、多くの人は座ったり、かがんだり して行っています。かがんだりするのが困難な場合は、長い靴べらがとても役に立ちます。今では100円ショップでもプラスチック製の長い靴べらが売られています。  また、靴べらの中には多機能なものもあり、靴のかかと部分を押さえ、脱ぐことを補助してくれる靴べらもあります。 粘着クリーナー 床や洋服などのゴミや埃をロール状の粘着テープを転がしながらとることができる掃除道具「コロコロ」は、1983年よりニトムズが発売している粘着クリーナー。  粘着テープで多くのゴミが取れるこの商品は様々な改良がなされ、フローリング用には弱い粘着仕様にしたり、めくり口がわかり切りやすいように、オレンジラインのテープがついていたり、 片手で収納できるケースなどがあります。長さを最長99cmまで伸ばすことができるタイプはかがむことが難しい人も掃除がしやすくなります。 11ページ しゃがまなくても2 商品棚  コンビニエンスストアやスーパーマーケットにある商品棚には上から下までさまざまな種類の商品が並んでいます。 棚の下の方にある商品はしゃがまないと取り出しにくいものも多く、とても困難な動作になります。  実際に行うことは難しいですが、商品棚の上から下まで同じ商品が陳列されていれば、身長によらず車椅子使用者やしゃがむのが困難な人にも、同じ商品が取れるようになります。 立ったまま草刈り  雑草刈りは、しゃがんで行う必要があります。自家農園や庭の手入れに不慣れな素人や高齢者には、腰と腕の負担が重くなります。  「草刈りかっちゃん」は、立って作業できる園芸の鋏です。柄がアルミで軽く、鋏の開閉はバネで動くので腕の負担も小さいです。収納も容易です。  提供するドウカンは、金物の産地、兵庫県三木市の刃物専門企業。巣ごもりで園芸の需要が増えています。 リーチャー  高いところや低いところに手が思うように届かないとき、便利なのがリーチャー。 マジックハンドとも呼ばれますが、肘が曲がりにくく伸ばしにくい人や、車椅子を使用している人にとってもしゃがまずに床にある物を拾うことができます。  製品によって、先端部に磁石があり、鍵等を拾うことができるタイプもあります。 くの字型に曲がっていて靴下やズボンを引っ掛けて着ることができるタイプもあります。 杖ホルダー  足や腰の身体機能が低下したときに役立つのが杖です。杖を使用しているときに不便なことは席に座ったり、お店のレジで会計をするときに、杖を置く場所がないことです。  杖を壁や台に立て掛けておくと、倒れたときに、しゃがんで杖を取るのが困難です。 そんな不便さを解決するのが杖ホルダーです。杖ホルダーは杖に取り付けたり、お店やトイレなどの様々な場所にも取り付けられるため、わざわざしゃがまずに取ることができます。 12ページ キーワードで考える共用品講座第122講 「しゃがむ」「しゃがまない」と共用品 日本福祉大学 客員教授・共用品研究所所長 後藤藤芳一(ごとうよしかず) 1.定義と整理  しゃがむ姿勢は、立つ、伏せるなどより不安定である。 (理学療法分野では、姿勢は①体位(臥位、坐位、膝立ち位、立位など)と②構え(関節の角度の組合せ)で決まるとされる。 しゃがむは①の一部であるが、ここでは動作と状態の双方をしゃがむに含める。)   しゃがむことには、積極的な目的を持たずに行う場合(X)(不随意的、他律的)と、目的をもって行う場合(Y)(随意的、自律的)がある。 Yのうちで状況がそろえば、しゃがむことを避けて目的を果たせる場合(Z)もある。 2.しゃがむ場合 ①目的のない場合(X)  身体機能や神経が原因でバランスを保つのが難しい場合や、暮らしの動作として最低限必要な場合(例:入浴、排泄、移動や移乗)には、しゃがむ機会が生じる。  こうした場合には、危険を避けるための介助と自立や尊厳の両立が鍵になる。 姿勢の保持や、姿勢を崩した際の支えとして確実なのは人の手による介助であるが、福祉用具で支える場合には、専用性の高いものが必要になる。 ②目的をもって行う場合(Y)  床や地面に近いところで手や感覚器を用いた作業を行うには、しゃがむ必要が生じる。 そうした場合でも、頻度が高くない場合(例:ものを拾う、清掃などの家事、子供や小動物との意思疎通)には、支援の必要性は限られる。  一方、身体能力に余裕がなくて頻繁にしゃがむ必要がある場合(Y1)(例:不便さのある人の就労)は、本人に固有の状況に対応するため、専用の用具を用いるなどの割合が多くなる。 身体能力に余裕があっても、頻繁に必要な場合や同じ作業を行う人が多い場合(Y2)(例:モノ作り、農業、園芸、畜水産などの作業)には、身体への負担を抑えて作業の効率を上げるための対応を行う機会が増す。 3.しゃがまない場合(Z)  Y1やY2のうちで条件がそろえば、しゃがむことを避けられる。立って作業できる道具、しゃがまないで済む作業環境(例:高さ)が得られる場合などである。  こうした条件のそろえやすさがYとZを分ける。具体的には、作業については、 ①対象の性格が適する(例:自然が相手の場合(農業では露地)は難度が高く、人工的な度合いが高ければ(モノ作り、植物工場)対応できる可能が増す)、 ②経済価値が高い(例:園芸農業、畜産業)、③作業内容の性格が適する(例:高頻度、定期的、同じ場所)。  作業する人については、④高齢化が進んでいる(例:農畜産業、伝統工芸、高齢世帯)、⑤不便さのある人の就労機会として適する、 ⑥同じ作業をする人の数が多い、対応策について、⑦経済的負担が小さいなどである。 4.対応策  Xはやむを得ずしゃがむ場合であるため、安全の確保や最低限の生活動作の支援が中心になる。 人手に加えて手すり、段差解消装置、起立補助装置(床面からのリフト)、バスリフト(入浴)、昇降便座(排泄)などで対応する。  Y1とY2は、設置するのは手すり、椅子、リフト、短距離走のスターティングブロックなど、搭乗や装着するのは昇降機能付き車いす、直立移動車いす、アシストスーツなどがある。 Y1の方が仕様や設置場所について、個別対応の性格(例:自助具や補装具的性格)が強くなる。 Zでは、道具としては掃除道具、柄つきの靴べら、リーチャー(③④⑥⑦:マル字の番号は3に記載した①〜⑦に対応)、農業機械(例:水稲用の各種機械(例:田植え、稲刈り)(①~④⑥)、 立ち植え式長いも植付機(①③④))、園芸用品(例:立ったままでの草刈り鋏(④⑦))など。 環境を合わせる対応は、モノ作りの作業台や水耕栽培の高さを合わせる(①②⑤)、搾乳の自動化装置(①~④)などである。  こうした対応は、供給(福祉用具や共用品)、環境整備(バリアフリー関連法)、利用者の権利(障害者差別解消法)の動きが相まって進んでいる。 13ページ 使いやすい音声認識専用端末 一般社団法人 全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 小川光彦(おがわみつひこ) 1.補聴器以外のアプローチは  日本補聴器工業会のデータ(JapanTrak 2018)によれば、国内に聞こえにくさを持つ人は全人口の11.3%、1400万人以上いるとみられます。 そのうち補聴器を使っている方は約200万人です。聞こえにくいが補聴器を使用していない方が1200万人以上いると推測されます。 聞こえにくさを持つ方には、補聴器以外にも有効なアプローチが必要です。 2.音声認識専用端末登場  近年、音声認識の技術が進んできました。従来は音声認識アプリが中心でしたが、最近は音声認識専用の端末が製品化されています。  その中から、筆者が試用した2つの製品をご紹介します。  まず昨秋新発売の、ソースネクスト社「ポケトークmimi」。同社のAI通訳機ポケトークの音声認識テクノロジーから生まれました。 クラウド上のAIとは内蔵のSIMでつながります。SIMの使用料金2年分が製品価格に含まれています。  スマートフォンのような形をしています。プッシュモードの場合ボタンを押しながら話しかけると、 約30秒まで連続してリアルタイムに文字に変換し、画面に表示します。ボタンを離すと止まります。 電源は充電式で、約130分でフル充電可能。連続使用で約4時間半使えます。 3.ポケトークmimiの特徴  最大の特徴は、使いやすさです。音声認識専用機なので、操作ボタンが少なく、スマホよりも簡単です。 音声認識アプリ同様、どうしても誤認識が起きますが、発言を休むたびにボタンを離せば誤認識を防げます。 マイクは内蔵のものだけで、話者から1m以上離れると認識精度が低下します。文字の大きさは、小・中・大の3通りから選ぶことができます(右写真の文字は大)。 4.タブレット端末登場  12月に販売された「タブレットmimi」も同社の製品です。機能等がかなり似ています。 ボタンを押したままにする必要がなく、話し手の近くに置いておくだけで、音声を文字表示します。背面に簡易スタンドが付いています。  写真は筆者が病院の窓口で使用したときの表示結果です。文字を大きくできるので、数m離れていても楽に読めます。テレビ会議で、聞こえにくい相手に話して見せる使い方も可能です。 タブレットの形をしていますが、iPadのような多機能ではなく、機能が音声認識に絞られています。必要なボタン操作が少なく、とても使いやすい製品です。機器の操作が苦手な方にもよさげです。 一般に音声認識は誤変換が多く、NGワードが表示されることがありますので、各自の責任でご使用ください。 金額は2年間のSIM使用料金も含まれています。通信料金はかかりません。リースも可能ですので、購入する前にお試しされることをお勧めします。 写真1:ポケトークmimi 32,780円(税込)https://pocketalk.jp/mimi 写真2:タブレットmimi 34,980円(税込)https//:mimi33.jp 14ページ イノベーション実現としての共用品推進活動 一橋大学 軽部大(かるべまさる) 共用品との出会い  私事ですが、十年ほど前、私の父が右手の爪を切るのに難儀していることに気がつきました。父は大病をして、体の左側が片麻痺の状態になりました。 その時初めて、世の中で売られる多くの爪切りは、両手が使える人のみを想定して作られていることに気づきました。片手で使える爪切りを探す過程で、共用品や共用品という発想に出会いました。  この社会には、解決すべき課題が様々な形で存在しています。しかし、課題の多くは、声なき声として潜在的に存在しています。 その声を拾うには、当事者の目線に立って、「当たり前」を疑うことが不可欠であることに気がつかされました。 ビジネス(事業)とは何か  私は、ビジネスを、顧客が抱える課題を発見し、解決策を研究・開発し、社会へ提案し、顧客の主体的な選択を通じて、結果的に顧客が抱える課題解決に資すること、と捉えています。  ビジネスに従事するとは、当初個人的だった課題を社会的課題に変換する活動であり、社会的課題を市場課題に転換する活動です。 「困りごと」の解決の恩恵を享受するたった一人の受益者から、すべてのビジネス創造は出発するはずです。 未解決の課題を見つける五感を磨く  顧客の「困りごと」は、不便・不満・不平・未達・非合理・無力など、否定語が生まれる「場」に(時として)隠れています。  緩まないネジで有名な東大阪のハードロック工業社長である若林克彦(わかばやしかつひこ)さんは、「世の中を不完全だ」と見ると、 成熟した世界でも改善すべきところが見えてくる、とお話しされています。  自動車部品業界でトップセールスマンであった成瀬正彦(なるせまさひこ)さんは、「やすくする」の重要性を説かれています。「使いやすくする」「働きやすくする」「とりやすくする」などです。  つまり、不完全で障壁があって使いにくいものが溢れた世の中で、その流れを良くするのが、ビジネスパーソンの使命であり、事業の存在意義でもあるのです。 共用品の思想と活動を理論化する  イノベーションは、異なる原理、思想信条、背景を持った人々が出会う境界で起きる現象です。 その実現は、多様な人が集まり、新しいアイデアが生まれ、そのアイデアを支援する人が共鳴し、世の中の関心や資源を動かして、世の中をより良い方向に動かしていく過程です。  共用品に関わるこれまでの連の活動には、このイノベーションの実現過程を見て取ることができます。 一般市場と福祉用具市場の両者を橋渡しする新しいコンセプトを生み出したこと。 新しいコンセプトの誕生が、潜在的な課題に光を当て、可視化することに成功したこと。 多様な背景を持った人が、「おもしろい(E)」と「創造(C)」を基軸に、多くの賛同と支援を生み出してきたこと。 一連の活動が誰かの管理ではなく、主体的参加により生み出されたこと。いずれも、経営学研究として不可欠な研究テーマを含んでいます。  昨年から大学院生の新田隆司(にったりゅうじ)さんと共同で、イノベーションの実現過程として、E&Cから共用品推進機構に至る一連の活動に関する研究を進めています。 世界的にも希有な社会変革の主体的な活動を、今一度学術的視点から整理し、理論化し、世界に発信したいと考えています。是非とも、皆様のこれまでの貴重なご経験をお聞かせいただければ幸いです。 写真:軽部 大氏 15ページ オンラインによる共用品・共用サービスの検討経過 ベースはE&C  共用品推進機構では、99年の財団設立以来「調査」、「標準化」、「普及」の三本だてで事業を行っています。 この三本柱は、前身である市民団体E&Cプロジェクトが8年間、取り組んだ事業が元になっています。  市民団体から財団になって22年、多くの方々の力で、「調査」は、不便さ調査に加えて、良かったこと調査へと広がり、国内だけでなくアジア数か国とも連携できました。 「標準化」は、ISOに提案し、規格作成時に、高齢者、障害者のニーズを考慮する参考書(ガイド)が制定されました。 そのガイドをもとに、日本では約40種類の共用品(ISOではアクセシブルデザイン)に関する日本産業規格(JIS)が作られ、多くが日本提案で国際規格になりました。 95年から調査が始まった共用品の市場規模も、現在は3兆円と当時の6倍以上になっています。 「普及」は、独自の展示会から始まり、他機関主催の展示会への参加、多くの業界団体との情報共有と共に、講座やシンポジウムの開催も毎年行ってきました。多くの方々への感謝はつきません。 次のステージへ  E&C発足から30年、財団設立から22年たち、振り返ると「調査」、「標準化」は、100%完成したわけではありませんが、多くの人や機関に利用していただいてもよい時期になってきていると思います。  障害当事者、高齢者の不便さ・便利さを調査し、関係者で検討を重ね作ってきた規格も、多くの企業や業界で利用いただいていますが、 E&C、財団を通して30年間、多くの力で明らかにしてきたニーズや、不便さを解決するためのヒントである各種規格は、もっともっと多くの人や企業に知っていただく時期にきているように思います。  昨年度、参加する予定であった展示会やイベントがコロナ禍で中止や延期になりました。中止が決まるまでは、三密にならないように、イベント実施チームではオンラインで検討を重ねていました。 中止が決まっても解散することなく、この状況でも共用品・共用サービスを伝えられる方法はないかを議論してきました。 月一回集まって議論を重ねると、イベント以外にもいろいろなアイディアが参加メンバーから提案されるようになりました。  「誰でも参加できるオンライン会議とは」、「障害のある人が共に働ける職場とは」、「共用品・共用サービスに取り組もうとしている企業へのサポートとは」、 「海外の自国に共用品・共用サービスを普及させるには」、「共用品参考書作成」などが議題にあがった一部です。 さらに、どのような社会をどのような心意気で作っていくかも、毎回議題にあがっていました。 オンラインE&C?  20年の5月から会合をはじめ、3回目くらいから、課題の提案の仕方、議論の仕方、宿題の共有の仕方など、30年前に8年間行ってきたE&Cの議論の仕方にとても似ていると思いはじめました。 違いは、オンライン会議であるため、アクセスの物理的な困難さがなく、遠い地からも参加できることです。  この会合、2年目に入るにあたり、オープンにして、希望者が参加できる仕組みにできたらと、現在検討中です。準備が整いましたら、またご案内させていただきます。 星川安之 図:構想(案)長瀬浩明(ながせひろあき)さん 16ページ レコードで蘇る記憶 【事務局長だより】 星川安之  東京お茶の水駅近くにある「オーディオユニオン」は、店名の通りオーディオに関する各種製品が1階から5階までのフロアに陳列されています。 1階には、真空管を使ったアンプ、スピーカーそしてCDプレーヤーと共に、レコードプレーヤーも数多く並んでいます。 新品と中古品があり、どちらも居心地よさそうに並んでいます。  以前から店の存在は知っていましたが、自分には関係ないと店の前を通っても素通りしていました。 それが『明日死んでもいいための44のレッスン』下重暁子(しもじゅうあきこ)著(幻冬舎)を読んでいるうちに、 「やりたいこと」、「やるべきこと」、「やれること」の3つが重なることを書き出してみたくなり実行。 真っ先に頭に浮かんだのが、60年前から後生大事に持っているクラシックからフォークまで約200枚のレコードを「もう一度聞く」でした。  レコードプレーヤーやアンプは、ずいぶん前の引っ越しの際、処分していましたが、なぜかレコードは捨てられずに持っていたのです。  まずはレコードプレーヤーとアンプ探し。実行にうつしたのが3月のはじめ、冒頭に書いたお店です。  当日、店内には、バッハの無伴奏チョロ協奏曲が重厚な音色で流れていました。美術館で絵画を見る時のように、思わず両手を後ろで組みながらプレーヤーを見ていると、 予算額をはるかに超えるものばかりが目に入ってきました。早くもあきらめモードに入りかけた時、思い切って店員さんに、来店の理由と共に予算額を正直に伝えると意外な答えが返ってきたのです。 「レコードプレーヤー、アンプ、スピーカーどれも上限がないくらい高価なものがありますが、まずは何十年ぶりかで聞いてみるのには安価なものもあります。安価でもいい音は出ます。 聞いていただき、さらにもっといい音をと思われた時、その時にまた考えるのが良いと思います」でした。 購入する側の気持ちを理解してのアドバイスに感動しながら気持ちは固まり、あとは家にあるCDラジカセが、アンプとスピーカーの役目を果たすかを確認してもらい、 薦められた汎用版のレコードプレーヤーを予算額を大幅に下回る価格で購入したのです。  家に持ち帰りCDラジカセにつなげ、60年前に毎朝聞いていたヘルムート・ヴァルハが弾くバッハの「トッカータとフーガ」のレコードを盤にのせ、 プレーヤーについているスタートボタンを押すと先端に針のついたアームが静かにもちあがり、回転するレコ-ド盤に向かってそーと降りていき、ついにその時がやってきたのです。 針は音楽が始まる前の「ザーザー」という音に続いて、60年前と同じオルガンが響き始めたのです。 そしてその旋律と共に、60年前にこのレコードを聞いていた居間、演奏者が全盲の人だと教えてくれる父の言葉、居間からみえる外の景色、 斜め向かいの毎日暗くなるまで遊んでいた幼馴染の家、毎日遊んだ野原、ザリガニとりをした川までもが、ピアノの音色と共に蘇ってきたのです。 大きさや使い勝手で、カセットやCDに変わっていったレコードですが、他では叶えられない「記憶を蘇らせる」を経験することができたのです。 共用品通信 【会議】 第25回通常理事会(書面審議) 評議員・監事意見交換会(オンライン会議システムZoom)3月24日 理事意見交換会(オンライン会議システムZoom)3月26日 【講義・講演】 横須賀市(3月2日~31日、星川) 広島大学アクセシビリティセンター第19回アクセシビリティリーダーキャンプ(オンライン)(3月3日、森川) 談論風爽(3月5日、星川) 自治医科大学(4月22日、星川) 【報道】 時事通信社 厚生福祉 3月16日 日本点字委員会事務局長の訃報 時事通信社 厚生福祉 4月2日 多目的トイレの名称 時事通信社 厚生福祉 4月17日 コロナ禍での困ったこと調査 トイジャーナル 4月号 コロナ禍での調査 トイジャーナル 5月号 しゃがまなくても 福祉介護テクノプラス 4月号 コロナ禍での課題と工夫① 福祉介護テクノプラス 5月号 コロナ禍での課題と工夫② 高齢者住宅新聞 3月10日 新たな生活様式の基点づくり 高齢者住宅新聞 4月7・14日 コロコロの長さ シルバー産業新聞 3月10日 『クレヨンと社会モデル』 日本ねじ研究協会誌 3月 その10 片手で使えるモノ 都政新報 4月9日 杉並・千代田区「良かったこと」は何ですか? 都政新報 4月13日 障害のある人は特別な存在ではない アクセシブルデザインの総合情報誌 第132号 2021(令和3)年5月25日発行 "Incl." vol.22 no.132 The Accessible Design Foundation of Japan (The Kyoyo-Hin Foundation), 2021 隔月刊、奇数月25日に発行 編集・発行 (公財)共用品推進機構 〒101-0064 東京都千代田区神田猿楽町2-5-4 OGAビル2F 電話:03-5280-0020 ファクス:03-5280-2373 Eメール:jimukyoku@kyoyohin.org ホームページURL:https://kyoyohin.org/ 発行人 富山幹太郎 編集長 星川安之 事務局 森川美和、金丸淳子、松森ハルミ、田窪友和 執筆 岡田正敏、小川光彦、軽部大、後藤芳一、小林毅、長谷川三枝子 編集・印刷・製本 サンパートナーズ㈱ 表紙デザイン 西川菜美 表紙 表紙にある自在人形をあつかっているアトリエニキティキは、数多くの木製おもちゃを長年扱っておられます。    https://www.nikitiki.co.jp 本誌の全部または一部を視覚障害者やこのままの形では利用できない方々のために、非営利の目的で点訳、音訳、拡大複写することを承認いたします。その場合は、共用品推進機構までご連絡ください。 上記以外の目的で、無断で複写複製することは著作権者の権利侵害になります。