インクル133号 2021(令和3)年7月25日号 特集 オーダーメイドと共用品 Contents 共用品市場規模調査報告と25年の軌跡 2ページ 令和2年度事業報告~コロナ禍を新たな視点で捉える~ 4ページ 個別製作・ニーズ・大量生産 6ページ オンリーワンの超電動車いすで、一人ひとりに向き合う 8ページ 靴・パーツオーダーとオーダーメイド 9ページ オーダーメイドから始まった特殊衣料 10ページ 3Dプリンタで作る自助具 11ページ キーワードで考える共用品講座第123講 12ページ 連載 目からウロコな共用品 ご存じですか? 13ページ ISO/TC173/SC7 新規プロジェクト始動「AWI 6273 ユーザーニーズ調査」 14ページ オンラインによる共用品・共用サービスの検討経過 15ページ 事務局長だより 16ページ 共用品通信 16ページ 2ページ 共用品市場規模調査報告と25年の軌跡 日本能率協会総合研究所 凌竜也((しのぎたつや) 25年を迎えた市場規模調査  共用品(アクセシブルデザイン製品)の出荷額ベースの市場動向を把握するために、1996年にスタートした市場規模調査は今年で25年を迎えた。 本調査の最新結果と、これまでの軌跡を振り返る。 最新の調査結果 【2年連続3兆円超も横ばい】  調査対象とした各品目の合計値にみる2019年度の共用品市場規模金額は3兆638億円と推計され、前年比で0.7%(210億円)増となり、前回に引き続き3兆円は超え、ほぼ横ばいとなった(図表参照)。 【今回調査のポイント】  全体の約7割を占める上位4品目の動向に着目すると「家庭電化機器(1兆598億円:△0.2%、16億円減)」は10月の消費税導入前後の駆込需要とその反動の双方の影響がある中、全体ではほぼ横ばい(微減)で推移した。  「ビール・酒(5027億円:+0.9%、43億円増)」は、前年度比では微増ながら、はじめて5000億円に達した。 主力のビール系飲料は、ビール、発砲酒の減少傾向は継続し、全体では減少したが、ビール系以外の飲料は出荷額増の傾向が継続し、上記の結果となった。  初めて3番目となった「住宅設備(2918億円:+4.1%、114億円増)」は、新規住宅着工件数が減少する中、消費税増税の影響も受けたが、上期における増税前の駆込需要が、下期に起きた反動の影響を上回り、出荷額が増えた。  「映像機器(2840億円:△0.2%、5億円減)」は、主力の薄型テレビで、増税前の駆込、オリンピック見込等で需要が伸びたものの、年度終盤は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、出荷額が伸びずに横ばい(微減)となった。 市場規模調査の25年  時代を反映しながら歩んできた調査の25年を振り返りながら、その意義と今後求められる役割について改めて展望する。 【概念・範囲の整理の議論】  本調査は1996年、通商産業省(現・経済産業省)の調査研究プロジェクトの一環としてスタートした。有識者による委員会を組織し、行政関係者を交えて共用品の概念・範囲の整理、 市場規模調査の意義・目的、さらに具体的な品目等について時間をかけて議論し、現在の調査体系と品目の原型が形作られた。 【調査開始~2010年代/順調に伸びる出荷額】  調査開始後、対象品目を少しずつ増やしつつ順調に出荷額は伸び、2010年には3.6兆円に上った。その背景には少なくとも3つの要因が存在する。 ①安全性・利便性への市場の要求への対応(例:ガス器具の立ち消え安全装置の普及)、②法制度の整備(例:ハートビル法、交通バリアフリー法等が後押ししたエレベータ、低床バス、ホームドア等の普及)、 ③業界団体の取組と標準化の推進(例:日本玩具協会の共遊玩具、家電製品協会のUD配慮基準を満たした各種家電製品、包装容器をはじめ各分野で進展した高齢者・障害者配慮のJIS化等)。 そしてこの時期に最も出荷額を伸ばしたのは映像機器であり、2010年には全体出荷額の1/3を占める1.2兆円規模となった。 【2011~12年/大幅な減少を経験】  しかし翌2011年、市場規模は大幅に減少する。急速に伸びた映像機器の需要が、東日本大震災に加え、オンデマンド視聴の普及によるテレビ離れ、地デジ化に伴うエコポイントの終了等も重なり、一気に減速したからである。 この年、全体金額は調査開始以来初の減少(△11.1%)、翌年もこの傾向は続き(△12.2%)、市場規模は3兆円を再び割り込んだ。 【2013~2019年/遅い歩みながら3兆円を回復】  2013年以降、映像機器は元の水準に戻ってはいないが、他の品目は概ね堅調に推移し、2018年には再び3兆円の水準に戻り、その後もわずかながら伸びてきている。 2020年代/ニューノーマル時代の共用品市場規模調査  緊急事態宣言を繰り返した2020年度市場規模は大きな下落が予想される。このように本調査は、定点観測を続けることで、時代背景を反映してきた。 しかし今後、これまで同様の形式では「旧時代の終焉」を反映することはできても、ニューノーマルと言われる「新時代の到来」を示すことは難しい。 一方で共用品は、いわば「ダイバーシティーをモノで体現する存在」ともいえ、新たな社会の中心に位置づけられる。 本調査はこれまで、共用品の普及を目指して出荷額による「広がり」を社会に示してきたが、たとえば各品目の機能や開発思想に着目し、これからのものづくりの要件に迫る等「深さ」に注目することも考えたい。 これによって新時代の共用品が再定義され、今後の市場規模調査のあり方のヒントを得られるかもしれない。そろそろ共用品の定義と調査の意義を検討した1996年の時点に戻り、新たな検討を始める時期を迎えている。 写真1:(一財)家電製品協会のUD配慮家電製品情報https://www.aeha.or.jp/ud/ 写真2:工夫がされている操作ボタンやエレベータ 4ページ   令和2年度事業報告~コロナ禍を新たな視点で捉える~ 共用品推進機構は、共用品・共用サービスの調査研究を行うとともに、共用品・共用サービスの標準化の推進及び、共用品・共用サービスの普及啓発を図っています。 さらに製品及びサービスの利便性を向上させ、高齢者・障害のある人々を含めた全ての人たちが暮らしやすい社会基盤づくりの支援を行うことを事業の目的としています。 目的に従って令和2年度に行った主な事業は、以下の通りです。 1.調査研究 (1)ニーズ把握システムの構築・検証 ①障害児・者/高齢者等の日常生活環境における不便さ等の実態把握(調査方法)の構築検証・実施  「地域における良かったこと調査」を、全国に広げる準備として、平成30年度から令和元年度まで行った「地域における良かったこと調査」(杉並区・練馬区・千代田区)を参考に、 東京以外の地域(沖縄県、岡山市)において「良かったこと調査」を実施した。 ②共創システム及びモニタリング調査システムの構築・検証  これまでに行ってきた共用品モニタリング調査を基に、障害当事者団体・高齢者団体等と連携し、関係業界、関係機関(業界団体、企業、公的機関等)が 共用品・共用サービス・共用システムに関するモニタリング調査を簡易に実施するための支援システムを試行し、更にこの支援システムを恒常化するために必要な事項の分析を行い、 合理的且つ有効なモニタリングの実施方法を検証した。 (2)共用品市場調査の実施  令和元年度にまでに実施してきた共用品市場規模調査及び手法に関しての分析を引き続き行い、調査対象の範囲並びに、今後共用品を普及するために必要な事項の課題抽出を行いながら共用品市場規模調査を実施した。 また、共用サービスにおける市場規模の調査の可能性を検討した。 2.標準化の推進 (1)規格作成 ①アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)国際規格の作成及び調査・研究  これまでに行ってきたISO(国際標準化機構)/TC173(感覚機能に障害のある人が使用する福祉機器)及びTC159(人間工学)に、新規規格作成の調整と共に提案を行った。 その結果、TC173/SC7に提案したニーズ調査に関する案件が承認された。  Ⅰ.AD使用性評価、Ⅱ.視覚障害者用取説、Ⅲ.共通設計指針等に関してTC173/SC7のメンバーとコミュニケーションを強化し、提案説明を行った。 ②アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)JIS原案作成及び調査・研究  アクセシブルデザインの共通基盤規格、デザイン要素規格のJIS原案作成における全体像の検証及び整理を行った。また、日常生活における不便さ・便利さ調査の標準化に向けた作業を行った。 ③共用サービス(アクセシブルサービス)の国内標準化に向けた調査・研究  令和元年7月に日本工業標準化法が改正され日本産業標準化法となり、日本工業規格は日本産業規格に名称が変更された。 法律の改正に伴い、サービスに関する標準化が可能となったため、共用サービス(アクセシブルサービス)に関する規格作成に向けて、 職場、店舗、消費者窓口、医療、公共施設、イベント等の共用サービスに関する既存のガイドライン及び各種ニーズ調査等を整理分析し、 開発すべき共用サービスの共通並びに個別規格の体系図を作成し、アクセシブルサービス(共用サービス)規格(JIS)の作成作業を行った。 (2)関連機関実施の高齢者・障害者配慮設計指針規格作成及び調査研究に関する協力 アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)に関係する調査・研究並びに規格作成を行っている機関と連携し、アクセシブルデザイン標準化(住宅設備機器等)への協力を行った。 3.普及及び啓発 (1)共用品普及のための共用品データベース作成・維持・発展 令和元年度までに行ってきた障害のある人や多くの消費者が使いやすく検索しやすい共用品のデータベースの検討結果を基に、データベースを構築し、試行の準備を行った。 データベース構築の際には、令和元年度までに作成した高齢者・障害者配慮設計指針の日本工業規格(JIS)、ISO/IECガイド71、関係業界の高齢者・障害者配慮基準等、 関係機関と協議し作成した共用品(=アクセシブルデザイン)共通基準(素案)を基に作成した共用品の使用性評価制度を基に検証した。 (2)共用品・共用サービス展示会の実施 対面における共用品の展示に関しては、展示会を実施しより多くの人たちに共用品及び共用品の考え方の普及を継続して行う予定で準備を進めたが、コロナ禍により展示会・イベントは中止となった。 その代替として、国際福祉機器展が運営するWEBサイトで「コロナ禍におけるアクセシブルな製品」のタイトルのもと8アイテムを紹介した。 (3)共用品・共用サービスに関する講座等の実施・検証 令和元年度までに実施してきた共用品・共用サービスに関する講座に関して①対象(企業、業界団体、アクセシブルデザイン推進協議会=ADC)、一般市民、就学前の子供~大学院生等ごとに、 ②伝える事項(コンテンツ)、視覚的ツール(共用品のサンプル、PPT、ビデオ等)、配布資料等を用意し、講座を実施した。更には、より多くの機関で、共用品講座を行えるような仕組みを構築し継続して検証した。 また、平成29年1月1日に発足した共用品研究所と、共用品に関する研究の情報共有を図り「共用品講座(全3回)」をオンラインにて実施した。 (4)施設における共用サービス・共用品の普及・啓発  令和元年度までに実施してきた施設における共用サービスの普及事業を、各種施設で継続して実施した。 (5)国内外の高齢者・障害者、難病等関連機関との連携 国内外の関連機関と連携をし、各種情報を共有し、共用品・共用サービスの普及を図った。(アクセシブルデザイン推進協議会等) (6)障害当事者等のニーズの収集  令和元年度までに実施してきた障害のある人達を対象としたアイディアを継続して取集し、障害のある人たちのニーズを把握し、アイディアを通して共用品の重要性を深め普及を促進した。 (7)共用品・共用サービスに関する情報の収集及び提供  本財団の活動や収集した関係情報を掲載した機関誌、電子メール、ウェブサイト、各種媒体などで情報を継続的に提供した。 収集した資料、情報を整理してより多くの人達に情報提供すると共に、新たな情報は、効果的な形で配信を行った。 6ページ 個別製作・ニーズ・大量生産 有限会社でく工房 光野 有次(みつの ゆうじ) 会社勤めの工業デザイナー  工業デザイナーは大量生産・大量販売を前提とした商品開発を担う職種だ。僕は美大を卒業後、H社で家電品のデザインの仕事に就いた。 仕事に少し慣れてきたころ、同じ職場の仲間三人と自転車デザインコンペに応募した。自転車にうまく乗れない人や子どもも一緒に安全に乗れる前が2輪の3輪車を提案したが落選。 それはともかく、これをきっかけにして用具から疎外される人の存在を強く意識することになった。  1973年秋に起きたオイルショックによってプラスチック部品の製造が困難になり「鉄板に変えるためのデザインを早急に」と依頼され、突貫作業で、とても忙しかった。デザインが完成したころに、それは収束。  その頃に知人の子息・太郎君(3歳)との出会いがあった。自分で立つこともしゃべることもうまくできない子だった。両親に頼まれて立位訓練台や遊具を兼ねた移動用具などを仲間たちと日曜大工で作った。 僕らがつくった坐ったまま片足で蹴って動く遊具によって彼は自分で動く喜びを得た。そこで彼の人生は(たぶん)大きく変わったと思う。 太郎君が通うリハビリセンターには大人の訓練具はあったが、子どもサイズのものはなかったし、まして遊びながらリハビリできるものなどひとつもなかった。世の中は既にデザインが溢れていたが、そこにはデザインが不在だった。  当時でも職場には工業デザイナーが140名ほどいたので駆け出しの僕一人が抜けても組織としては全く問題なかった。 しかし子どものリハビリの現場に僕が携わることができれば、(不遜な言い方だが)やれることや、やらなければならないことは無限にあるように思えた。 工房を開設  1974年7月に「でく工房」を仲間たちと練馬に開設した。小さな一軒家を借り、立つと頭を打つ小さなガレージを工房と名付け、そこに同居。 当時「工房」というネーミングは世の中にはほとんどなかった。  太郎君の用具はセラピストや親の間で評判になり、「うちの子にもつくって」とか「こんなのつくれない?」と頼まれた。 からだのサイズに合うだけでうまく坐れる子も多かった。僕らは材料費だけ頂いて喜んでつくっていた。生活費はアルバイトで得ていた。  子ども用の椅子は身体障害者手帳を持ち、医師の意見書があれば「座位保持いす」という補装具として認められることがわかり、工房の看板を掲げて3か月後、この仕事を本業として現在に至る。まさか47年も続けるとは…。 重症児施設のリハエンジニア  僕は生活を共にしながらの用具づくりをめざすため、故郷の近くの重症心身障害児施設でリハエンジニアとして83年から勤務。 多くの入所者は既製の椅子や車椅子ではうまく坐れずベッドの生活を余儀なくされていた。 5年間在籍し、その後、新たな工房を開設し、90年には入所者のほぼ全員に坐るための用具を提供することができた。 家具メーカーの協力を得て、モジュール化(※注)を図ることで個別に適合できるようにしたからだ。おそらく世界で初めての試みだったはずだ。 ※注 利用者の身体状況に合わせた椅子や車椅子は、最近は多くがモジュール型である。パーツのサイズや形状に一定の規則性を持たせることで、その組み合わせで必要な機能・形状やサイズを比較的簡単に作ることができる。 制度になった椅子づくりと量産  ひとり一人のからだに合わせた椅子づくりは、90年に新たに「座位保持装置」と呼ばれる補装具となり、その頃から新規参入する事業者も増えていった。  個別注文製作を続けていくと共通点が見えてきて、小ロットだが量産できるようになっていった。家具メーカーと共同開発で高齢者向けの食事用の椅子も開発した。  話は少し戻るが、施設でモジュール型の椅子を企画し図面を何枚も描き、試作を繰り返している頃(気晴らしも兼ねて)大きなウレタンフォームの塊をくり抜いた椅子を試作したことがあった。 それが想像以上に効果的で、いちばん重度の子も坐ることができる椅子となった。施設職員の驚きもさることながら、僕自身が最も驚いてしまった。  その後、新たに開設した工房で「クッションチェア」と名付け、乳幼児用から大人サイズまで4種類を用意し、少しずつ販売を始めた。 工房の仲間からの依頼も受け付けるようにしていたら、数年後には毎月100台以上を出荷することになっていった。 「クッションチェア」はわが国の子どもたちのリハ施設や支援学校の備品としてどこででも見かけられる。 今ではこの仕事を引き継いだ会社が世界23か国に輸出している。 個別製作から量産へ  個別の要望に丁寧に対応する個別製作を仕事にした例は僕らの前にはなかったようで、スウェーデンでも紹介するように依頼され出向いたこともあった。  個別製作から小ロット生産、そして中量生産。クッションチェアもそうだが、大量生産とは言えないが、一定量の生産を続けているものが、いくつかある。  たとえば手の不自由な方にも使いやすい「すくいやすい食器と持ちやすいカップ」だ。 82年に発売を開始し、88年にグッドデザインに認定、99年にはロングライフデザイン賞受賞。 発売以来、基本のカタチは全く変わらず共用品的な食器で、今も現役だ。小ロット生産だが40年近くなると生産総量は少なくない。 共用品と重なる考え方で、年齢や能力、状況などに関わらず、できるだけ多くの人が利用可能なデザインをユニバーサルデザインというが、 多くの方が使えるデザインは結果的にたくさん売れるので、たくさんつくること(量産)ができる。高い品質を保ちながら安価に販売できるというわけだ。 それは工業デザインの最低基準でもあると僕らは教わってきた。 ニーズはなかった  コンピュータをベースにしたモノづくりは、これからさらに進化し個別対応(カスタマイズ)も容易にできると思うが、ひとり一人のニーズをつかむのは、やはり常識を持った人間が必要だ。  僕らが体験した例で恐縮だが、「重度の肢体不自由児は起きることができない」、いや「座ることができない子が寝て暮らすのは当たり前。だから重症心身障害児は寝たきりは当然」と言われていた。 僕らはそんな子に個別に対応することで、坐ることができるようにし、その途端「寝たきり(寝かせきり)」ではなくなった。  当時は、ニーズはなかったのである。一人の寝たきりの子を起こすことができるとそれを知った人から、別の「あの子も起こしてくれ」と頼まれ、ニーズが生まれていき、それが制度を作っていったというわけだ。 当然ことだが、起きることができると「動きたい」という新しいニーズもうまれてくる。 また、みんなと同じように街の中で暮らしたいという要望も出てきて、その対応も必要となり、バリアフリーの街づくりも進んできたが、まだまだ課題はあると思う。 写真1:太郎君の立位訓練台 写真2:モジュール型座位保持装(1984年開発) 写真3:初代のクッションチェア 8ページ オンリーワンの超電動車いすで、一人ひとりに向き合う 車いす工房輪 代表 浅見一志(あさみひとし)  車いす工房 輪は電動車いすのみを専門に扱う工房です。  メーカーから仕入れた電動車いすに改造を行い販売しています。  車いすの仕様決定の方法は次の通りです。取り扱うメーカーは国産で2社、欧米3社。  アウトドアに向いている走破性が高い後輪駆動の車いす、狭い事務所で回転しやいコンパクトな中輪駆動の6輪車、安定して振動や段差に強い前輪駆動車等。 軽量コンパクトなものから、180kg近い車重の大型車まで。話を聞いて環境を調査して車種の選定を行います。そこからオプションの選択をしていきます。  椅子が倒れて、臀部の除圧が可能になる電動ティルト機能や、背もたれが倒れて休むことが出来る電動リクライニング機能。 高いところに手が届いたり、移乗動作がしやすくなる電動昇降機能、浮腫防止の為電動で足を上げる機能などが基本的なオプションになります。  その他、移乗動作のしやすいアームサポートの跳ね上げや、レッグサポートの開閉、机に入る時邪魔になるジョイスティックの開閉機構等々どのような姿勢で座ると良いかを検討して、 ヘッドサポート、背もたれ、座面クッション、などを決めていきます。ウレタンクッションから作る場合や既製品から選ぶケースまで多種に渡ります。  最後に車いすの色や、カバー生地、デザイン、夜間走行用ライト、USB充電器など、あると便利な付属品を決めます。  ご本人様を中心に、ご家族、ドクター、セラピスト、補装具業者、が意見を出し合って決め、市役所、都道府県の判定を受けて製作します。 こうして作られる車いすはオーダーメイドですが、これは既製品の組み合わせのパターンメイドになります。 高齢者や事故などで歩けなくなった人、軽度の障害者など電動車いすを必要とする人、標準的な体型の方おおよそ8割は対象になります。  残り2割はメーカーが想定したパターンメイドの範囲外の方です。  極端に大柄、小柄な体型の方。珍しい症状の難病の方、筋力が著しく弱い、体幹機能が弱いなど、市販の車いすに乗れないその人ならではの理由があります。  これらの方にはその方専用の車いすを作り込まないと自立生活や仕事を続けることが成り立ちません。  例えば体幹を左右に倒したり、骨盤をねじる機能を加えた電動車いすに乗ることで、血中酸素濃度を落とすことなく休息を取ることができ、人工呼吸器をつけたまま就労が続けられた方。  うつぶせや、立位でしか姿勢を維持できないので、その体の状態に合わせてフレームを製作した電動車いす。  市販の電動昇降機能よりも、より高くなれることで料理や家事が可能になり一人暮らしが継続できた小柄な方。 口や息で全ての動作を行えるようにした筋力が落ち手足が全く動かない状態の方。  これらの方は、オンリーワンの電動車いすが支給された結果、社会参加、就労、自立生活が可能になり自分らしい人生を送ることができています。  重度な障害があっても、希望する人すべての人が自由に移動でき、姿勢を自由にかえることができるような社会になることを願っています。そして、これからもそのために力を注いでいきます。 写真:改造した電動車いす 9ページ 靴・パーツオーダーとオーダーメイド あゆみシューズ  香川県にある徳武産業(株)には、毎日、自分に合ったケアシューズ「あゆみ」に出会えた喜びが詰まった手紙が全国各地から多数届いています。  同社に「お年寄りが室内で転倒しにくい靴を作ってくれないか」と依頼があったのが28年前。 2年間の調査・研究で、「つま先が地面からあがっている」、「かかとがしっかりサポートされている」、「軽い」、「甲がしっかり止まる」などが、 転倒しにくい靴の条件であることが分かってきたのです。 さらに、話を聞いた高齢の人たちの中には、左右の足の長さ・幅等が異なる人も多くおられました。 話を聞くと、両方のサイズを購入し、合わない方は破棄するか、大きな方のサイズを購入し、先に綿などを詰めるなど苦労していることを直接、多くの人から聞いたのです。  依頼から2年たった1995年5月、転倒を防ぐと共に、「片手で楽に着脱できる」、「手を使わず履ける」、「フィット感を調整できる」、さらにファッション性を重視したケアシューズが販売されました。 その時同社は、左右サイズ違いの靴を一足分の価格で、片足だけの靴を半額で販売することに踏み切ったのです。 パーツオーダー  さらに同社には、左右の足の長さの違う人、片方の足にむくみがある人、車椅子を使用する時に片足こぎで進むため靴底が減ってしまい進みづらい人、片手しか使えない人などさまざまな人からの要望が届きます。  そのため検討を重ね、要望により「靴底の厚み」、「ベルトの開閉方向変更」、「足囲」、「足長」などを個別に調整できる仕組みを作ったのです。 さらに、それでも合わない場合は、ドイツ人の整形靴マイスターが個別の靴を作るシステムにもなっています。 写真:靴底のパーツオーダー ネイチャーズウォーク  その靴のマイスターの名前は、カーステン・リーヒェさん。1996年にドイツでマイスター国家資格を取得し、整形靴マイスターの称号を授与されました。 翌年来日し、整形靴専門学校等で講師を行うのと並行して整形靴の製作もはじめました。当時から(健康靴)は、本場ドイツから輸入販売されていましたが、日本人の足に合うものは非常に少ないことに気づきました。  靴は、靴そのものとインソールという中敷きで、構成されています。眼鏡でいうと、フレームが靴、レンズがインソールです。 眼鏡の場合、いくらフレームが良くても、レンズがその人にあっていないと、見えづらいどころかかえって、視力が落ちてしまうことにもなりかねません。靴も同様なのです。  リーヒェさんは、日本人にあったコンフォート靴を作るために会社を設立し、翌年には千葉に「ネイチャーズウォーク」という店を開きました。その店には、足に課題を抱えた人が大勢来店します。 大勢の人の足は、それぞれ異なる課題を抱えているため、リーヒェさんは一人一人に向き合い、症状を確認し、原因を究明します。  中には、紐の締め具合や靴のサイズがあっていないケースから、インソールを新たに作れば解決するケース、靴自体も新たに作る必要があるケースなどさまざまです。  それぞれのケースに、10名のスタッフとともに、作業分担を行いながら取り組まれています。 自動車レースに例えると、サーキット場にある整備場所ピットのように、それぞれの状況を素早く判断し、修理をし一刻も早くもとのレースに戻しているのです。 ネイチャーズウォークでは、貴重な情報がつまった機関誌を定期的に発行し、足と靴の大切さを伝えています。 写真:マイスターのカーステン・リーヒェさん 10ページ オーダーメイドから始まった特殊衣料 株式会社特殊衣料 代表取締役社長 池田真裕子(いけだまゆこ)  当社は札幌でリネンサプライ業・福祉用具製造・販売・レンタル業・清掃業を中心として「介護から快護」をモットーに事業を行っております。  当社では、平成4年から、転倒による衝撃から頭を守る頭部保護帽を製作しており、現在は、abonet(アボネット)というブランドで普通の外観で ありながら、衝撃を和らげる機能的な保護帽子を製造しています。  保護帽子を作り始めた当時は、リネンサプライ業をメインとしていたのですが、てんかんの病気を持っていて、突然転倒することがある実習生を工場に受け入れたことがきっかけで、保護帽子を作り始めました。 リネンサプライでは、タオルやバスタオルリースが多く、そのほつれ等を修理するために、社内にはミシンがすでにあったのです。 また同時期に、脳障害を患っているお子様のご家族から「軽くて洗える保護帽子を作ってほしい」とのご依頼をいただいていました。 現在では保護帽子が洗えるというのは当然のことなのですが、以前は洗えるものが少なかったため、このようなご要望をいただきました。 そのときに前社長の池田が、世の中にないなら困っている人達のために作ろうと奮起したのがきっかけとなり、保護帽子の製作が始まりました。  abonetは現在では、当社の自社商品の主力製品のひとつとなっており、最近では障害のある方の保護帽子はもちろんのこと、官公庁の帽子や、工場内の軽作業用の帽子と、その用途は広がっています。 最近の商品例  最近の商品では、重度心身障害児施設の看護士の方からベッドの上でバランスを崩したときに、頭をぶつけてしまうので、ベッドサイドのクッションカバーの製作依頼をいただきました。 日々様々な特注製作の依頼があり、商品を作る商品企画室には様々なアイディアの詰まった仕様書であふれています。 お客様からの手紙  先日、とても嬉しいお手紙をお客様から頂戴しました。それは、当社のabonetを装着するという条件で、先天性疾患で血液凝固薬を飲んでいるお子様の幼稚園入学が叶ったというお手紙でした。 お母さんからのお手紙には「幼稚園入学が叶い、夢のようです」というありがたいお言葉をいただき、社員一同、仕事のモチベーションになっています。  以前、商品企画室の担当者から、当社ではなぜ既製品よりも効率の悪い特注商品を作っているのかという問いかけがあったのですが、今回のようなお客様からのお手紙がその答えになっています。 写真1:abonet アクティブ・コア 写真2:サイドレールカバー 11ページ 3Dプリンタで作る自助具 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 硯川潤(すずりかわじゅん)  日常生活で用いられる樹脂(いわゆるプラスチック)製品は、通常、射出成型という方法で製造される。 金属型に溶かした樹脂を流し込み、冷やし固めて成型する。同じ形状を効率よく複製でき、大量生産に適した方法である。 しかし、金型の製作費用は非常に高額で、少量生産では元が取れない。  高価な型を必要としない樹脂成型手法に、積層造形(3Dプリンタ)がある。三次元形状をスライスしてできる二次元の層を重ねることで、目的の形状を得る。 層の形成方法がいくつかあるが、最も安価なタイプが、特許の期限切れなどでさらに低価格化した。これで、産業用途が主だった3Dプリンタが、一気に身近な存在になった。 自助具への応用と利点  多様な障害の状態に合わせて設計される福祉機器にとって、この技術には大きな利点がある。 数の制約が無くなり、ニッチな機能の機器も製品化しやすくなる。 筆者も、3Dプリンタを使って、自助具を製作する試みに取り組んでいる。 自助具は手を使う作業の補助具であり、動作能力に合わせて細かな形状の調整が必要となる。 これまでは、作業療法士などの専門職が、市販品の改造や、一からの自作で対応してきた。 しかし、工作技能には個人差があり、こういった製作が不得手な専門職も存在する。 3Dプリンタを使えば、個人の技能に関係なく、高い精度で所望の形状を製作できる。  例えば、写真1に示した3Dプリント自助具は、スマートフォンの充電ケーブルをコネクタから引き抜くために用いられる。 腕の力が弱い方のために、それを増幅する“てこ”の機構を採用した。構造は複雑で、手作りは難しく、3Dプリンタならではの設計解である。 実用に向けての課題  ここで問題になるのが、誰が設計するかということである。もちろん、自助具製作の経験があれば、必要な形状は着想できる。 しかし、3Dプリンタでの造形には、3Dデータが必要となる。作成に必要な専用ソフトを使いこなすためには、一定の知識が求められる。  一つの解決策は、自助具形状のデータベース化だろう。しかし、筆者の経験上、単なるデータの再利用は、3Dプリンタの利点を半減させることがある。 個人特性に合わせた細かな調整が犠牲になるからだ。  また、新たな技術の普及は、隠れたニーズを掘り起こす。筆者のもとには、実現があきらめられていた新しい自助具への要望が、日々舞い込んで来る。 5年間ほど様々な自助具の設計データを蓄積してきたが、まだ新しい形状へのニーズが絶えない。 写真2は、お祭りでビールを飲む、という車椅子ユーザの要望に応えた自助具である。 他の3Dプリント自助具を試していただいていたが、その経験が刺激となって新たなニーズが発掘されたようだ。  折角の新技術なので、それを完全に活かすために、新たな設計手法を実現したいと思っている。 写真1:ケーブル抜去用自助具 写真2:車椅子用飲料缶ホルダー 12ページ キーワードで考える共用品講座第123講「オーダーメイドと共用品 考察」 日本福祉大学 客員教授・共用品研究所所長 後藤芳一(ごとうよしかず) 1.個別ニーズ対応と経済性の関係  手工芸時代は個別対応が中心だった。技術が進み生産性を求めるとともに、量産品が中心になった。その過程で経済性と個別ニーズ対応は背反する要請になっていった。 嗜好、標準的でない身体の寸法や機能に合わせるのは、個別ニーズへの対応になる。高級誂え服などが例である(0型)。 2.個別対応と経済性確保の工夫  量産できないと高価で納期も遅く、利用者も不便だ。個別対応と効率を調和させる工夫が行われてきた。 ・多品種少量型(Ⅰ型):大量生産ながら複数の寸法を提供する。アイテム数を抑えて効率を確保する。既製服がこの例である。 ・モジュール型(Ⅱ型):寸法や形の異なる部品を量産しておき、注文ごとに組み合わせることで個別対応する。ハンドルやサドルを個別指定して組み上げる自転車などの例がある。 ・ソフト対応型(Ⅲ型):同じハードを用いつつ、ソフトを入れ替える、AIが利用者の特性を測って対応するなどにより機器に個別の機能を発揮させる。 ICカードを入れ替えて各種の処理ができる電卓(シャープ)やカメラ(ミノルタ)があった。 ・素材・半製品型(Ⅳ型):未完成で提供し、利用する時点で消費者が作成に加わる。簡単調理で仕上げる中華の素(あみ印)、3種のコーヒー顆粒を組み合わせて提供し、消費者が毎回好きな割合で混ぜる(AGF)など。 ・派生型(Ⅴ型):不便さ対応に取り組むうちに、長寿商品化したり、一般向け商品の開発につながることもある。温水洗浄便座(TOTO)など。 3.本誌掲載の事例との対応  本誌の事例を分類すると、浅見(敬称略)の個別対応の車いすやリーヒェの靴は0型。光野のクッションチェアはⅠ型、同工房椅子とあゆみシューズはⅡ型、 浅見の改造提供する電動車いすはⅣ型、光野のすくいやすい食器や池田のabonetはⅤ型である。硯川の自助具は、個別設計だと0型、モデルを元に個別対応すればⅡ型の一種になる。 そのほか、AIで利用者の特性に合わせる補聴器はⅢ型になる。 4.利用者適合と市場規模  福祉用具の個別適合と市場規模の関係は図のようになる。Aは工房椅子、Bはレンタルに用いるユニット型車いす、Cは一般の車いすなどである。 右へ行くほど個別適合が深く、その分、個別制作の度合が強い。2と3に述べたことは、右寄りの部分の生産性を上げる工夫である。 5.おまけ  毎年、日本福祉用具・生活支援用具協会(JASPA)が公表する福祉用具の市場規模は図のA~Cにあたり、共用品推進機構による共用品の市場はDである。 A~Cが「福祉用具(狭義)」、A~Dが「福祉用具(広義)」である。図は、通商産業省福祉用具産業懇談会で定義し、今もこれに基づいて市場規模を公表している。  懇談会で、委員であった鴨志田(かもしだ)(共用品推進機構前理事長)が「福祉用具と共用品は連続する関係なのでは」と発言し、 A~Eをつなげた(同じ大きさの長方形)図ができた(福祉用具産業懇談会第2次中間報告〈1997年〉に収載)。 さらに同委員であった光野が「A~Eの面積を市場規模に合わせて描いては」と発言して上の三角形の図(第3次中間報告に収載)に進化した。図の成立ちには、共用品関係者が深く関わっている。 写真:「『共用品』の位置づけ」をもとに後藤が作成(「福祉用具産業政策‘98(福祉用具産業懇談会第3次中間報告)」(1998年、通商産業省機械情報産業局)に収載) 13ページ 連載 目からウロコな共用品 ご存じですか? バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり朗読劇・『ゆうこさんのルーペ』  2020年12月に合同出版から発行された絵本『ゆうこさんのルーペ』がこの度、演劇結社ばっかりばっかりの手によって、バリアフリーな朗読劇になり、YouTubeで誰もが楽しめるようになりました。 多くの絵本は字が少ない分、絵で情景や感情を表現していますが、目の不自由な人にはその把握が困難です。 洋服の柄、町の看板、主人公が読んでいる本の題名などを、さりげなく説明するナレーションは、とても自然に耳に入ってきます。是非、ご覧と共にお聞きください。 写真:『ゆうこさんのルーペ』朗読動画https://youtu.be/MHoSSJn0ChM 透明なマスク  新型コロナウイルス感染対策によりマスクを着用するようになり、聴覚障害や言語障害の方は、口元や表情によってコミュニケーションをとることが困難になりました。 そんな困難を解消する「unicharm顔がみえマスク」が2021年4月よりユニ・チャーム(株)より発売されました。  顔がはっきり見えるよう、くもり止め加工した広い透明フィルムに、隙間が少なくなるよう抗菌生地を使用した布部分で鼻や顎をカバーしています。 写真:「unicharm顔がみえマスク」 共遊玩具大賞「ルービックキューブ」  2020年5月に日本で発売された『ルービックキューブ ユニバーサルデザイン』〈(株)メガハウス〉が、日本おもちゃ大賞2021、共遊玩具部門で大賞を受賞しました。 ハンガリーのエルノー・ルービックさんが考案した立体パズルは1980年に世界展開され、一大ブームを巻き起こし、売り切れ店も続出しました。  40年の月日を経て、発売された『ルービックキューブ ユニバーサルデザイン』は、6面がそれぞれ異なる手触りになっています。 そのため、目の不自由な人も遊ぶことができる形状になっています。 写真:共遊玩具大賞の『ルービックキューブ ユニバーサルデザイン』 ハンズフリーのシューズ  手を使わずに履くことができるNIKEのスニーカー「ゴーフライイーズ」。靴紐を結んだり、屈んだりすることが難しい人でも簡単に脱ぎ履きができます。  履いていないときは、靴の中央が折れ曲がった形状になっていて、靴に足を入れて押し込むと、通常のスニーカーと同じ形状になります。  脱ぐときは、反対側の足で靴のかかとを押さえて足を持ち上げると、折れ曲がった状態になり、そのまま脱ぐことができきます。  この靴は2021年後半に発売する予定とのことです。 写真:NIKE「ゴーフライイーズ」 14ページ ISO/TC173/SC7 新規プロジェクト始動 「AWI 6273 ユーザーニーズ調査」  本年3月、共用品推進機構が事務局を担当する技術委員会ISO/TC173の分科会SC7において、新規規格作成プロジェクトが動き始めました。 規格名は「感覚機能に障害のある人のユーザーニーズ調査に関するガイドライン」。 このプロジェクトでは、感覚機能(視覚、聴覚、その他の感覚機能)に障害のある人を対象に、福祉用具のユーザーニーズ調査を行う場合、 考慮しなければならないことを規定したガイドラインを作成していきます。 本件のプロジェクトリーダーは、山内繁(やまうちしげる)氏。2010年3月のSC7設立時から9年間、議長を務められました。 3年越しのプロジェクト  そして6月14日、この規格を検討する作業グループWG7の第1回会議が、オンライン会議システム「Zoom」で開催されました。 参加者は10名。山内氏のほか、イスラエル、スペインからのエキスパート5名、日本のエキスパート佐野竜平(さのりゅうへい)氏、 SC7議長の倉片憲治(くらかたけんじ)氏、WGのサポートチームから共用品推進機構 森川美和(もりかわみわ)、金丸淳子(かなまるじゅんこ)が参加しました。  この規格の提案のはじまりは、3年前にさかのぼります。 2018年にケニア・ナイロビで行われたTC173総会、続いて2019年に東京で行われた総会で規格について説明しましたが、なかなか賛同を得られませんでした。 総会での意見を加味し、日本で障害のある人のユーザーニーズ調査に求めるものを調査した結果を加え、山内氏が規格案を書き起こしました。 ISOでは、新規プロジェクトを提案し、主要メンバーになっている国の投票によってそのプロジェクトの承認が決まりますが、 ついに、投票の結果、承認にいたりました。 聴覚障害のメンバー参加で、字幕機能を使用  WGが立ち上がり、会議の準備を始めてすぐに、スペインのメンバーの一人からメールが届きました。 自分は聴覚障害があり、オンライン会議で英語の字幕機能を使いたいと。 本人は使い慣れているようなので、あらかじめ日本の参加者のみで、字幕機能を使用してみました。 英語自体の良し悪しは別にして、ゆっくりはっきり話せば、認識することがわかりました。 当日は、苦戦しながらも、画面に直接入力することで、みんなが参加できる会議となりました。  第1回会議の審議で課題となったのは、主に調査参加者へのインフォームドコンセントの手順、感覚障害のある人への支援、 オンラインプラットフォームでの匿名性に関する問題、研究倫理などです。 現在、10月下旬開催予定の第2回会議に向けて、規格案に関するコメント募集を行っています。 写真:字幕付きオンライン会議の様子 金丸淳子 15ページ オンラインによる共用品・共用サービスの検討経過 きっかけ  共品推進機構が編著となったテキスト『共生社会の教養』が、(株)経済法令研究会から発行されました。 きっかけは、同社からの「サービス検定」を行うときのテキスト作りの依頼を受けたことでした。  このテキストが目指したのは、「誰かのために何かをしてあげる」ではなく、異なる立場でも同じ方向を向き、 誰もが共に暮らせる共生社会づくりの一員になることでした。 書籍の概要  序章では「共生社会」を、医学モデルと社会モデルの二つの違いで紹介しています。 障害のある人の努力に委ねてきた医学モデルから、周りのモノ・コト・環境を変える努力である社会モデルに変える時に大切なのが、コミュニケーションです。 その取っ掛かりは、「知らないこと」は、知っている本人に聞くことです。この章では、エピソードと共にそのことを紹介しています。  1章では、共生社会づくりの一員になるにあたって辿る「気づく」、「知る」、「考える」、「行動する」をエピソードを交えて紹介しています。  2章の「障害とは」では、作業療法士の小林毅(こばやしたけし)さんに監修していただきながら、「障害」の漢字の選択(障碍・障がい)からはじまり、 障害に関する条約、法令の紹介と共に、障害、高齢の定義等を紹介しています。  次の3章では、機構が行ってきた「良かったこと調査」で、障害者、高齢者のコミュニケーションに関するコメントを「声掛け」、「説明」、「誘導」に分類し紹介しています。 「良かったこと」を、誰もが「こんなこと、当たり前じゃないか」と思うようになったら、その社会は共生社会に入ったと言えると思います。 そうなれば、わざわざ「共生」という言葉を使う必要がなくなり、社会という言葉の中に共生という意味が含まれたことになるように思います。  4章では、「よかったこと」を、会議にあてはめて紹介しています。紹介している「アクセシブルミーティング(みんなの会議)は、既に日本産業規格(JIS)や、国際規格になっています。  次の5章「共生社会の教養」は、このテキストの中でも最も伝えたかったことを紹介しています。 調査に「不便さ調査」と「良かったこと調査」があり、前者はマイナスをゼロに引き上げるためのメッセージ、後者はゼロからプラスにむかうためのメッセージの意味があります。 同様に、コミュニケーションにもマイナスからゼロにする「情報を伝えるメッセージ」と、ゼロからプラスに引き上げる「意思を伝えるメッセージ」があります。  情報が確実に伝わることは大切なことですが、それだけでは共生社会は成立しません。 それにプラスして意思を伝えること、意思とは思いや感情も含まれます。 ここでは、意思の伝達をはばむ「思い込み」、「上下関係」、「無関心」を、エピソードをまじえて紹介しています。  そして最後の6章では、共生社会を支えるモノやコトを64種類紹介しています。 初めての経験  今回初めて、共用品・共用サービスに関する「問題」を作るという経験をしました。 文書を書くよりも、数段高度な技術が必要と勝手に思い込み、なかなか「問題」が作れませんでした。 そんな時に編集担当の人から「一問一問の『問題』で、完全をめざすのではなく、複数の問題で連携させることが重要」とのアドバイスは、このテキストが伝えたいことの大きな一つでもあります。 星川安之(ほしかわやすゆき) 写真:『共生社会の教養』 16ページ 応用問題の正解は… 【事務局長だより】 星川安之  私が通っていた自由学園の高等科(高校)の数学のおじいさん先生は、応用問題を解く楽しさを身にしみこませるように教えてくれた。  最高学部(大学)に進学後、学業とアルバイトの合間をぬって東京都世田谷区三宿にある重症心身障害児療育相談センターを手伝った。 肢体と言葉が不自由な脳性麻痺の子ども達が、身体全体で感情を表現する姿に衝撃を覚えた。  ある日、そこの療育士がぽつりと発した「ここの子ども達が遊べるおもちゃが少ないのよね」という一言が、数学の応用問題のように聞こえた。  この応用問題を解きたいと思い、玩具メーカーのトミー工業株式会社の人事部を訪ねたのは大学3年の時だった。 「今は、障害のある子どもが遊べる玩具を研究・開発する部門はないけれど、『そういう部署』ができるかもしれない」の言葉を信じ、試験を受け入社したのが1980年4月、今から41年前のことだ。 『そういう部署』は、入社した年の9月1日、初代会長の富山栄市郎(とみやまえいいちろう)氏の三回忌、「これからは世界中の子ども達が遊べる玩具を作っていきなさい」との遺訓のもとに発足され、 新入社員の私はそこに配属になった。夢叶ったのは良いが、「障害のある子ども」と「おもちゃ」、両方とも分からないことだらけだった。  はじめの1年は、分からないを分かるために、毎日毎日、障害のある子どもの学校、施設、家庭を訪問し、 「どんなおもちゃで遊んできたか」「どんなおもちゃは楽しめたか・楽しめなかったか」「どんなおもちゃがあったら良いか」を繰り返し繰り返し聞いた。 初めの1年間で会ったさまざまな障害のある子ども達は1000人を超えた。  ある療育センターでは手足が膠着、または震えのある脳性麻痺の子ども達が、市販のクレヨンを必死に握って絵を描いている場面に遭遇した。 指導している療育士に「把手を付けるか、クレヨンを球形にして持ちやすくするのはどうか?」とたずねたところ、 「世の中の製品は、ここの子ども達に使いやすくなっていないんです。 だから、クレヨンにしても、障害のある子ども達が市販のものを使えるようにする必要があり、その訓練をするのが私達の役目です」との答えが返ってきた。  多くの子ども達と会った1年間で分かってきたのは、一つのおもちゃで障害のある子ども達すべてが遊べるのは理想だが不可能に近いということだった。  2年目からは目の不自由な子ども達のおもちゃ作りをはじめいくつかの商品を世に送り出したが、1985年のプラザ合意の円高はトミー社にも大きな打撃をあたえた。 『そういう部署』の活動を縮小せざるを得なかった時に生まれたのが、「共用品」の発想だった。 それは、玩具業界に広がり、他業界にも広がった。けれども、「共用品」だけでは学生時代に受け取った応用問題を解けたとはいえない。  今回特集したように、「共用品」と柔軟な個別対応の「オーダーメイド」を合わせることで、正解に近づきつつあると思っている。 共用品通信 【会議】 第1回オンラインE&C会議(5月7日) 第1回ISO/TC173/SC7/WG7オンライン国際会議(6月14日) 【講義・講演】 武蔵野美術大学(オンライン)(5月7日、森川) 和光大学(オンライン)(5月25日、星川) 日本包装学会(6月11日、星川) 比較住宅都市研究会(6月16日、星川) 【報道】 時事通信社 厚生福祉 4月27日 コロナ禍での困ったこと調査 時事通信社 厚生福祉 5月21日 「ルール」って? 時事通信社 厚生福祉 5月28日 95歳の時計店主 時事通信社 厚生福祉 6月11日 パッケージの開封 トイジャーナル 6月号 26年目のバリアフリービデオ トイジャーナル 7月号 市民で作る「人・まち思いかるた」 福祉介護テクノプラス 6月号 レコードが届けてくれる記憶 福祉介護テクノプラス 7月号 26年目のビデオ バリアフリー社会を目指して 高齢者住宅新聞 5月10日 レコードプレーヤー 高齢者住宅新聞 6月9日 ロングセラーな炊飯器 シルバー産業新聞 5月10日 時が蘇るレコード 日本ねじ研究協会誌 4月 コロナ禍でのモノ(マスク) 日本ねじ研究協会誌 5月 コロナ禍でのモノ(インターホン) ど~もど~も 5月号 私の生き方と学び(インタビュー) 日経BP ウェブサイト 新・公民連携最前線 障害者や高齢者の声を集め、出掛けたくなるまちづくりを(インタビュー) 致知出版社 致知 7月号 世界を豊かにする『共用品』の発想 【出版】 経済法令研究会 『共生社会の教養~プラスのコミュニケーションですべての人が暮らしやすい社会をつくる』 アクセシブルデザインの総合情報誌 第133号 2021(令和3)年7月25日発行 "Incl." vol.22 no.133 The Accessible Design Foundation of Japan (The Kyoyo-Hin Foundation), 2021 隔月刊、奇数月25日に発行 編集・発行 (公財)共用品推進機構 〒101-0064 東京都千代田区神田猿楽町2-5-4 OGAビル2F 電話:03-5280-0020 ファクス:03-5280-2373 Eメール:jimukyoku@kyoyohin.org ホームページURL:https://kyoyohin.org/ 発行人 富山幹太郎 編集長 星川安之 事務局 森川美和、金丸淳子、松森ハルミ、田窪友和 執筆 浅見一志、池田真裕子、後藤芳一、凌竜也、硯川潤、光野有次 編集・印刷・製本 サンパートナーズ㈱ 表紙デザイン 西川菜美 表紙写真 徳武産業㈱ あゆみシューズ 本誌の全部または一部を視覚障害者やこのままの形では利用できない方々のために、非営利の目的で点訳、音訳、拡大複写することを承認いたします。 その場合は、共用品推進機構までご連絡ください。 上記以外の目的で、無断で複写複製することは著作権者の権利侵害になります。