インクル143号 2023(令和5)年3月号 特集:共生社会と絵本 Contents 令和5年度共用品推進機構事業計画 ~アクセシブル社会の実現を目指して~ 2ページ 共生社会を伝える絵本 4ページ 障害を伝える絵本 5ページ 世界のバリアフリー児童図書 6ページ 子どもの本専門店 クレヨンハウス 共生社会との懸け橋に 7ページ 絵本作家、ピーター・レイノルズが描く世界 8ページ 「ブックハウスカフェ」 ~共生社会の風が生まれるところ~ 9ページ 共用品推進機構幼児向け絵本第1号『ぞうくんのさわってわかるぞう』の誕生を振り返って 10ページ 点訳ふれあい文庫 11ページ ディック・ブルーナの絵本から広がる世界と勇気と元気 12ページ キーワードで考える共用品講座133講 13ページ 「めねぎのうえん」のその後 14ページ 良かったこと調査の本 15ページ 事務局長だより 16ページ 共用品通信 16ページ 2ページ 令和5年度共用品推進機構事業計画~アクセシブル社会の実現を目指して~  令和5年(2023年)3月、理事・監事の書面審議により、令和5年度の事業計画が承認されました。 今年度は共用品・共用サービスの三つの柱「1.調査・研究」、「2.標準化」、「3.普及・啓発」に、アクセシブル社会の実現を目指した新たな視点を取り入れた事業を展開します。 本誌ではその一部をご紹介します。 1.調査・研究 (1)障害児・者/高齢者等のニーズ把握システムの構築・検証  製品・サービス・システムに対して、障害児・者、高齢者のニーズを把握、確認するためのアンケート調査、ヒヤリング、モニタリング調査を実施し、製品・サービス・システム供給者と需要者が連携できる仕組みを確立する。 ①障害児・者/高齢者等の日常生活環境における不便さ等の実態把握(調査方法)の検証・実施  「地域における良かったこと調査」を、全国に広げるために、平成30年度から令和4年度まで行った「地域における良かったこと調査」を参考に、新たな地域や職場についての「良かったこと調査」を実施する。 ②コロナ禍による新しい生活様式における不便さを解消している製品・サービス、調査  令和3年度に実施した新型コロナウイルスの感染拡大の状況での、障害のある人たちへの不便さ調査を踏まえて作成したガイドラインを基に、不便さを解消している製品・サービスに関しての確認を継続して行う。 (2)共用品市場調査の実施  令和4年度までに実施してきた共用品市場規模調査及び手法に関しての分析を引き続き行い、調査対象の範囲並びに、今後共用品を普及するために必要な事項の課題抽出を行いながら、令和5年度の共用品市場規模調査を実施する。 また、共用サービスにおける市場規模の調査の可能性を検討する。 2.共用品・共用サービスに関する標準化の推進  アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)の日本産業規格(JIS)及び国際規格(IS)の作成を行う。また、その作成に資するため、国内外の高齢者・障害者配慮の規格に繋がるための調査・研究・検証を行う。 ①アクセシブルデザイン(高齢者・障害者配慮設計指針)国際規格の作成及び調査・研究  令和4年度までに行ってきた国際標準化機構(ISO)内のTC173(障害のある人が使用する機器)及びTC159(人間工学)に提案し承認された案件を、国際規格制定に向けて作業グループ(WG)で審議する。 ⅰ.福祉機器―福祉機器およびサービスに対する感覚機能に障害のある人のユーザーニーズ調査におけるアクセシビリティのガイドライン ⅱ.新たな日常生活におけるアクセシビリティ配慮設計指針 ②共用サービス(アクセシブルサービス)の国内標準化に向けた調査・研究  新規に開発した共用サービス(アクセシブルサービス)の検証を行うとともに、職場、店舗、消費者窓口、医療、公共施設、イベント等の共用サービスに関する既存のガイドライン及び各種ニーズ調査等を整理分析し、開発すべき共用サービスの共通並びに個別規格の体系図を基に、新規のアクセシブルサービス(共用サービス)規格(JIS)の検討を行う。 3.普及及び啓発  開発・販売・市場化された共用品・共用サービス・共用システムを広く普及させるため、データベース、展示会、講座、市場規模調査、国際連携等、令和4年度までに実践してきた事項を基に行う。 (1)共用品普及のための共用品データベースの実施  令和4年度までに行ってきた共用品のデータベースの試行を基に、障害のある人を含む多くの消費者が、的確な共用品を選択できる仕組みを構築するため、使いやすさや検索のしやすさについて検討を行い、データベースを構築し試行を開始する。 試行の際、令和元年度までに作成した高齢者・障害者配慮設計指針の日本産業規格(JIS)、ISO/IECガイド71、関係業界の高齢者・障害者配慮基準等、関係機関と協議し作成した共用品(=アクセシブルデザイン)共通基準(素案)を基に作成した共用品の使用性評価制度に沿って検証する。 (2)共用品・共用サービス展示会の実施  令和5年度は、展示会主催者に協力し、展示会における高齢者・障害者配慮の実践を継続する。また、共用品の展示に関しては、展示会を実施しより多くの人たちに共用品及び共用品の考え方の普及を継続して行う。 (3)国内外の高齢者・障害者、難病等関連機関との連携  国内外の関連機関と連携をし、各種情報を共有し、共用品・共用サービスの普及を図る。(アクセシブルデザイン推進協議会等) (4)障害当事者等のニーズの収集  令和4年度までに実施してきた障害のある人達を対象としたニーズやアイディアを継続的に収集しながら、収集したニーズを基に共用品の重要性を深め普及を促進する方法の検討を行う。 (5)共用品・共用サービスに関する情報の収集及び提供  本財団の活動や収集した関係情報を掲載した機関誌、電子メール、ウェブサイト、各種媒体などで情報を継続的に提供する。不便さ調査報告書の冊子を希望者に実費配布し、個人・法人への啓発を行う。 図1:共用品・共用サービスの三つの柱 図2:新規共用品ウェブサイトイメージ 新規共用品ウェブサイト日本語版の正式なURLは以下です。 https://www.kyoyohin.org/ja/ 従来のURLでも自動転送されますので、これまで通りのURLを使用していただいて大丈夫です。 https://www.kyoyohin.org/ 4ページ 共生社会を伝える絵本 はじめに  絵本の多くは、子ども達を対象に作られているため、使用する単語、文体、文字数などにそれぞれ工夫がされています。 その工夫の多くは、子ども以外の人達への読みやすさ、分かりやすさにも繋がっています。  共用品推進機構では、前身の市民団体E&Cプロジェクトの発足以来、多くの絵本作成に関わってきました。 今回、インクルの特集「絵本と共生社会」では、絵本専門店、絵本推進機関、そして絵本を通じて、「共生社会」、「障害とは」を考えていきたいと思います。 えほん 障害者権利条約  この絵本は、2006年に国連で誕生し、2014年1月20日、日本が批准した「障害者権利条約」を、子ども達の心にも届くようにと、日本障害者協議会(JD)の代表を務める藤井克徳(ふじいかつのり)さんが企画し作成しました。  絵本の中では、この条約に人格をもたせ、誕生はキリストが生まれた馬小屋を想起させる場面の絵で示し、障害がある人が自分らしく生きるためのルールを携えて生まれてきたことを示しています。そのルールには、障害とは? 平等とは? 一人一人が大切にされるとは?への答えが記載されていると共に、この条約が、目指す社会を示す北極星でありまた、今の世の中へのイエローカードと、藤井さんは伝えています。  後半では、日本に誕生した障害者権利条約である主人公の彼が、将来の日本を思い描いた社会がイラストで示されています。 スポーツ、音楽会、ダンス、落語を普通に観賞したり演じる障害者、そして、駅、映画館、公園、体育館、学校、結婚式場、レストラン、会社、街並みにも、普通に生活する障害者が描かれています。 そして最後のページでは、それらの実現には多くの人の賛同と協力が必要であることが伝わってきます。 『クワガドーエのお客さん』  障害者権利条約に登場する合理的配慮は、多くの人への通常の配慮だけでは利用が困難な人達に対して、より配慮することをさす言葉です。 そこには、「過度の負担がない場合に行う」と注釈がついていますが、分かりづらく、「何をどうすれば良いか?」を伝えるのが困難でした。 そんな困難を解決する絵本が作られました。  東京の江戸川区が、昨年8月に作った絵本『クワガドーエのお客さん』(文・絵:かめおかあきこ)がそれです。  動物のワラビーが開店したレストランには、口ばしの長いアオサギ、左右に大きく伸びた角を2本持つヘラジカ、トラ達が来店しますが、それぞれ異なる理由で、食事を提供することができません。 入口はヘラジカの角がつっかえてしまい、底の浅いスープ皿はアオサギの長い口ばしでは飲むことができません。 その後の経過は、皆さん読んでのお楽しみですが、最後のページでは入り口が広くなり、庭も開放され、アオサギのテーブルには平らでない皿があります。  絵本名で検索すると、江戸川区のホームページから、PDF版、音声版、オーディオブック版、それぞれを日本語、英語版で読むことができます。 星川安之(ほしかわやすゆき) 写真:『えほん 障害者権利条約』 写真:『クワガドーエのお客さん』 5ページ 障害を伝える絵本 障害を知る絵本  共用品推進機構では、共生社会の実現を目指し、障害の有無や年齢の高低に関わりなく共に使える製品やサービスの普及事業を、その前身の市民団体「E&Cプロジェクト」時代から行っています。 その原点は、障害がある人の、日常生活における不便さ、工夫、望むことを知るための調査です。1991年から2年間かけて行った視覚障害者への調査では、約300人の人たちから数多くの不便さが寄せられました。 私たちはそれを文字とグラフとで報告書にして、公的機関、民間機関に配布した結果、不便さを解決した製品やサービスに取り組む人、機関が出てくれました。 さらに不便さを解決した製品やサービスも出始めました。 しかし、視覚障害者の不便さ全般を知るためには、文字、グラフだけの報告書では不十分でした。 その解決方法としてメンバーの一人が提案したのは、調査結果をもとに、視覚障害者の一日を絵本で紹介することでした。 『朝子さんの一日』とタイトルのついたその絵本には、朝起きる時には音声時計を使い、料理に使う複数の調味料の瓶には点字で表示を付け、洋服は上下色の組み合わせがしやすいように収納し、 会社に着くと音声ソフトが入ったパソコンで仕事をし、通勤電車や買い物は、周りの人に声を掛けてもらい説明してもらうなど、一日の生活が笑顔の朝子さんと共に描かれています。  障害を知る絵本の草分けは、『さっちゃんのまほうのて』(偕成社)です。1985年に出版され今でも重版され、多くの書店の絵本コーナーに並んでいます。先天性四肢障害児父母の会が企画して作られました。  手指欠損のあるお子さんのお母さんや、ご自身が手指欠損のあるお母さんが中心になり、さっちゃんという手指欠損の子どもが、幼稚園で友だちに右の手指がないことを指摘されるところから、物語が動き出します。 読まれていない人のために、内容はふせておきますが、これだけ長い間、書店に並び続けているのが納得できる本です。  『バスがきましたよ』(アリス館)は、白泉社が発行する絵本雑誌『MOE』が主催する第15回MOE絵本屋さん大賞2022で、10位に選ばれた絵本です。 物語は、網膜色素変性症により視覚障害になった男性が、意を決して一人でバス通勤をするところから始まります。 一人でバスを待っていると、来たバスが自分が乗るべきバスかどうか、バスに乗れても、席が空いているかどうか一人では分かりません。 そんな不安な毎日をおくっていると、ある日バス停で「バスが来ましたよ」と、小学生の女の子が声を掛けてきたのです。 さらに車内で空いている席を案内してくれ、話もはずみます。 その状況は彼女が小学校を卒業するまで続き、その後は妹たちに受け継がれていったのです。  実話をもとにしたこの絵本では、障害のある人への声掛けについて教えてくれています。 星川安之 写真1:『朝子さんの一日』 写真2:『さっちゃんのまほうのて』 写真3:『バスが来ましたよ』 6ページ 世界のバリアフリー児童図書  国際児童図書評議会(IBBY)は、ユダヤ人ジャーナリストのイェラ・レップマンが「すばらしい子どもの本は、人びとが理解しあうための“かけ橋”になる」という信条のもと、 第2次世界大戦の混乱期を経て、1953年に設立されました。本部はスイスのバーゼルに置かれ、現在80の国と地域が加盟しています。 バリアフリー児童図書  IBBYの理念に共鳴して、1974年日本では、日本国際児童図書評議会(JBBY)が設立され、日本と海外の子ども達を本で結ぶ活動をおこなっています。  その一つは、IBBYに推薦する日本のバリアフリー図書を選定する事業です。「2023年IBBYバリアフリー児童図書」には、10冊の児童図書を推薦しました。 選出された3冊  IBBYは推薦図書の中から22カ国の40冊を障害がある子ども達の読書を支援する本、障害を理解する本として選出。日本からは次の3冊が選ばれました。 ①『仕事に行ってきます 1 クッキーづくりの仕事』(編集企画・文:コトノネ編集部)障害を持った方の働き方、朝起きてから夜寝るまでの暮らしぶりを具体的に紹介。 ②『りんご だんだん』(写真と文:小川忠博<おがわただひろ>)食器棚にしまっているりんごの変化を写真で残したユニークな記録。 ③『わたしが障害者じゃなくなる日~難病で動けなくてもふつうに生きられる世の中のつくりかた』(著:海老原宏美<えびはらひろみ>)「共に生きる社会」を著者自ら問題提起した作品。  これらの本は、3月6~9日にイタリア・ボローニャで開催された、児童図書の専門展示会「ボローニャ・ブック・フェア」で展示されました。その後40冊の本は、日本を含めた希望する国々に巡回される予定です。 木原慶子(きはらけいこ) 写真:日本から推薦された図書 『仕事に行ってきます①クッキーづくりの仕事 洋美さんの1日』(季刊『コトノネ』編集部/埼玉福祉会) 『わたしが障害者じゃなくなる日』(海老原宏美 著/旬報社) 『めねぎのうえんのガ・ガ・ガーン!』(多屋光孫 文・絵/合同出版) 『車いすで国会へ』(舩後靖彦・加藤悦子・堀切リエ 作/子どもの未来社) 『まどのむこうのくだものなあに?』(荒井真紀 作/福音館書店) 『音にさわる―はるなつあきふゆをたのしむ「手」―』(広瀬浩二郎 作/日比野尚子 絵/偕成社) 『りんご だんだん』(小川忠博 写真・文/あすなろ書房) 『ふーってして』(松田奈那子 作/KADOKAWA) 『かける』(はらぺこめがね 作/佼成出版社) 『どちらがおおい? かぞえるえほん』(村山純子作/小学館) 7ページ 子どもの本専門店 クレヨンハウス 共生社会との懸け橋に 吉祥寺へ引っ越し  クレヨンハウスは、作家の落合恵子さんが、「子どもも大人も、一人一人が自分である場を作りたい」という思いから、東京表参道にレストランを併設して1976年に開いた子どもの本専門店です。 その店が、昨年12月に表参道から、武蔵野市に引っ越しました。吉祥寺駅北口から数分歩くと、引っ越してきた「クレヨンハウス」が見えてきます。  一階はオーガニック(有機)の食材売り場とレストラン、二階にあがると絵本の世界が広がります。 店に入るとすぐに、赤ちゃんをベビーカー乗せたお母さん、白杖をついた女性と同行者の二人連れ、車椅子使用者と友人の二人連れが目に入りました。 大きなテーブル  種類ごとに分類された本棚は、車椅子使用者、幼い子ども達でも届く高さで、年齢、障がいの有無に関わらず全ての人を歓迎していることが分かります。 奥に進むと大きなテーブルがあり、図書館のように店内の絵本をもってきて、熱心に読んでいる子ども達の姿がありました。 「あの大きなテーブルは開店当時からのもので、当初からじっくり納得がいくまで読んで購入するかを判断する『座り読み』を推奨しています」と、店長の吉村厚子(よしむらあつこ)さんが教えてくれました。 大阪で保育士をされていた吉村さんは無類の絵本好き、クレヨンハウスが大阪に店を出すことを知り、「大阪に新しい文化できる!」と思い応募、大阪店の立ち上げメンバーとなり現在に至っています。 「大阪では、障害のある方と来られる介助の方が、障害のある方が不便を感じていることや興味を持っていることも教えてくれることが多くありました。 東京では、お客さまからの説明は多くないこともあり、それぞれの方が望んでおられることを察して知ることを学びました。 そして望まれていることをお尋ねする場合、その方の負担にならない言葉かけをするようにしています」と話してくれました。 この1冊の理由  絵本担当でサブチーフの鏡鉄平(かがみてっぺい)さんは入社8年目、一般書店勤務の経験もあります。 「障がいや共生社会に関する絵本を探しに来られる方や、障がいのある方の来店も多いですね。常連のお客さんの中に、弱視の方がおられます。 クレヨンハウスでは、全ての絵本をスタッフが読んで、推薦する本を月刊の『クレヨンハウス通信』で紹介しています。 その方は、そこで紹介されている絵本の中で、ご自分で読まれる本、どなたかにプレゼントされる本を見つけに来てくださいます。 来られる度に、声をかけさせていただき、絵本の話、世間話をするのが私にとっての楽しみになっています」。  鏡さんに、共生社会と絵本というテーマでお話をうかがいたいと伝えておいたところ、事前に多くの本を棚から出してくださっていました。 その中の1冊『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』(エルくらぶ)は、ヒトラー政権が誕生する前後を描いたフィクションです。 選んでくれた理由を尋ねると、「ロングセラーになってほしい絵本はたくさんあります。ただ、紹介しないと埋もれてしまう本もたくさんあります。 そんな本を社会につなぐ絵本専門店であり続けたいと思っています」と、笑顔で話してくれました。 星川安之 写真1:大きなテーブルでの鏡さん 写真2:『父さんはどうしてヒトラーに投票したの?』 8ページ 絵本作家、ピーター・レイノルズが描く世界  ここでは、絵本作家ピーター・レイノルズさんの描いた絵本を3冊紹介します。  ピーターさんは、1961年カナダ生まれ、幼いころから絵や漫画を描くことが好きで、それを励ましてくれた教師がいたことで絵本作家になったとプロフィールで紹介しています。  彼が描く絵本の中には、自閉症、発達障害と思われる子ども達も多く登場しています。 その理由を、「ぼくは道を失った子ども達を手助けするために、仕事をしてきた。 なぜなら、自分もそうだったから」と、プロフィールの中で自ら紹介しています。 絵本『てん』  絵本『てん』(あすなろ書房)の主人公は小学生のワシテ、絵を描く授業で、何も描けずにいると、先生が「画用紙に『点(てん)』を描いてみて」と話しかけます。 「点ぐらいかけるさ」と、彼女は「点」を画用紙の真中に一つ描くと、先生は「次にサイン(名前)を右下に描いてくれる?」に言います。 彼女は「サインくらい書けるさ」と、自分の名前を書きました。そして翌週、同じ授業で美術室に行くと、先生の机の後ろの壁に、彼女の描いたサイン入りの「点」が、金縁の額に入って飾られていたのです。  もっといい点が描けるわと、彼女は初めて絵の具の箱を開け、色や大きさの違う点を描き、展覧会を開くまでになるのです。 そしてその展覧会に来た子どもからの質問に答えて彼女が言う「サインして」の言葉が心に刺さります。 絵本『っぽい』  次の絵本の主人公も、絵を描くことが大好きな少年です。毎日、モノを見ては絵を、何枚も描いていました。 ある日、花瓶に生けてある花束を描いていると、それを見ていたお兄さんが「ちっとも似てないじゃないか」と言って、大笑いしたのです。 それからは、どんな絵を描いても、お兄さんの笑い声が頭の中で響き始めてしまい、描いてはその紙をくしゃくしゃにし、しまいには「もう絵を描くのをやめよう」と思ったのです。 すると、くしゃくしゃにした絵を、妹が拾って彼女の部屋に持っていったのです。 追いかけて妹の部屋に入ると、彼がくしゃくしゃにした絵が、皺をのばした状態で、壁一面に貼ってありました。 妹がその中の一枚を指さして「私は、この絵が好き」と言った先には、お兄さんが「似てないじゃないか」と言った絵があったのです。 題名が何故『っぽい』なのかは、是非、ご自分で確認していただけたらと思います。 絵本『すてきなテーブル』  最後に紹介するのは、父・母・兄・妹の四人家族の食卓が舞台です。主人公の妹が幼い時には、家族四人で毎日、会話、食事をするために囲んでいたテーブル。 その利用頻度が極端に減ってしまいました。お父さんは部屋でテレビ、お母さんはスマホ、兄さんはテレビゲームに没頭しているためです。 そのことを憂いた妹は、前にみんなで囲んでいたテーブルが段々小さくなっていくことに気づいたのです。 そして妹が父、母、兄におこなった提案は、三人に大切なことを気づかせてくれるのです。是非、ご一読を! 星川安之 写真1:『てん』 写真2:『すてきなテーブル』 9ページ 「ブックハウスカフェ」~共生社会の風が生まれるところ~ はじめに  「ブックハウスカフェ」は、神保町に2017年に開店した子どもの絵本専門店です。 扉を開けると中央部にカフェ、そして棚には1万冊を超える蔵書が並んでいます。 店長の茅野由紀(ちのゆき)さんに、絵本と共生社会についてお話をうかがいました。 共生社会に関する絵本  店内から共生社会に関する絵本を約30冊、選んだくれた茅野さんに、「お勧めの1冊は?」と尋ねると、『せかいのひとびと』(ピーター・スピアー著 松川真弓訳<まつかわまゆみ> 評論社 1982)をあげてくれました。 「この絵本は障害をテーマにしたものではありませんが、題名の通り、あらゆる髪の毛や肌の色、鼻や耳の形、装飾、文化、食べ物など実に多様な人々が住んでいることが伝わる構成になっています。 完璧ではないにせよ、誠実な意思をもって描かれているのが伝わります。共生社会に入っていく「目次」の役目を担っていると私は思っています」と、教えてくれました。 ブックハウスカフェの役割  この店には、いろんなことに関心を持った方が多く来られる印象です。絵本が「目次」の役割を果たすためには、多様な世代の人たちが来たくなる店にする必要があります。 そのような中、「バー」の存在は、大きな力となっています。バーの責任者は、今本義子(いまもとよしこ)社長です。出版社はもちろん、IT企業、マスコミなど業種に関わらず連日、たくさんの方で賑わっています。 「バーのお客様は、絵本目当てではない方がほとんどですが、閉店後の絵本売り場に足を運ばれて『あれ、よく見ると絵本がいっぱいある、面白いね』と、そこから絵本の世界に入ってくださる方も多くいます。 絵本は世代、性別、国籍、属性など無関係にみんなで楽しめるものということを、バーは、私たちに教えてくれました」 風ができる場所に  「まだ構想段階なんですけど、近い将来、ブックハウスカフェが、未来の社会を作っていく中高校生たちの居場所にもなればと思っています。 平日の放課後の時間帯、中・高校生たちが、絵本に囲まれたこの場所で、議論や、共同作業をできる居場所の提供です。 そんなところから、新たな共生社会に関係する絵本が生まれてくるかもしれませんね。 そうすれば、社会の情報を受け取ると共に、ブックハウスカフェが、社会の新しい風を作る場所にもなれると思います」  今回、茅野店長のお話を聞きながら、絵本の持つ力の奥深さ、可能性を学ばせていただきました。 ブックハウスカフェが作り出す風が、共生社会の大切なメッセージになって、より多くの場所や人に届くことを心から願っています。 星川安之 写真1:茅野由紀店長 写真2:『せかいのひとびと』 10ページ 共用品推進機構幼児向け絵本第1号 『ぞうくんのさわってわかるぞう』の誕生を振り返って  共用品推進機構が幼児向けに、「共用品を知る絵本」を作成したのは今から18年前のことです。 それまで、小学生以上を対象とした「小冊子」や、指導者向け「ガイドブック」を発行し配布していましたが、幼児向けのものはありませんでした。 幼稚園、保育園の先生方の声から幼児向け絵本が誕生  2005年頃は、すでに小学校で「共用品」を取り入れた授業が始まっており、学校だけでなく教員研修でも、弊機構職員が講師として招かれることが多くなりました。 小学校での授業が普及するに連れ、その必要性は中学校、高等学校、大学まで広がりました。 そして幼稚園や保育園の先生方からも、「小学生くらいの子どもになるとバリアフリーを知らせる教材があり、授業でも取り上げられるけれど、幼児に伝える良い教材がなかなか見つからない。 バリアフリーを理解するための第一歩として、幼児にもわかる教材があればいいのだけれど(『インクル』第35号より)」とご相談をいただくことが増えてきました。 教材といっても様々な種類があるので、何が良いか調査し、一番ニーズのあった「読み聞かせのための絵本」を作成することにしました。  絵本の内容は、共用品のウェブサイトで公開していた2本の動画「ぞうくんとしゃんぷー」、「ぞうくんとぎゅうにゅうぱっく」のイラストと文章を絵本用に編集し、『ぞうくんのさわってわかるぞう』として発行しました。 この絵本は編集にご協力をいただいた多くの園や小学校に配布し活用いただきました。 『ぞうくんのさわってわかるぞう』が触れない?  それから3年が経った2008年のある日、小学校低学年の子ども達に読み聞かせをした後のことでした。一人の児童が近付いてきて表紙を触り始めたのです。 「さわれない」そう言って私を見つめました。別の読み聞かせの場面でも、絵本の表紙や中身を開いて“触れる部分”を探す子ども達の姿を頻繁に目にするようになりました。  元々この絵本は、主人公の「ぞうくん」が、シャンプーのきざみや牛乳パックの切欠きに気付いていく物語なので、絵本自体は触れるようになっていなかったのです。 早速、手元に残っていた絵本すべてに点字と触図を付け再配布しました。読み聞かせなどを通じて、触って知ることに関心を持った子ども達の言葉や行動が「触ってわかる絵本」の誕生につながりました。 子どもが課題を乗り越える手がかりになる  児童文学者の松居友(まついとも)さんは著書『わたしの絵本体験』(教文館)の中で、「絵本を読んでもらったその体験が、大人になるという子どもにとって大変難しい課題を乗りこえてくるための重要な手掛かりになる」ことを伝えています。 また、その体験は、「ふだんは思い出されずに心の底に眠っているかのようなのですが、眠っているかのように見えて、実はたえず生きていて、日常生活の物事や行動に強く働きかけているのです」と語っています。  今号で紹介している絵本を始め多くの絵本は、これからの時代を生きる人々が生きやすくなるための知恵が詰まったものでもあります。 多くの子ども達が良い絵本を見聞きしたり、触ったりする機会がもっと増えればよいなと思っています。 森川美和(もりかわみわ) ウェブサイト「広報活動」のコーナーでは「ぞうくんのさわってわかるぞう」の動画とテキスト版を公開しています。 https://www.kyoyohin.org/ja/publicity/ 写真:『ぞうくんのさわってわかるぞう』表紙(点字・触図付き) 11ページ 点訳ふれあい文庫「点字つきさわる絵本」  東京都杉並区で行われた西荻センターまつりには、障害の有無に関わりなく共に使える製品が展示され、多くの地域住民から関心が寄せられた。 そのコーナーの一角に「点字つきさわる絵本」10冊が並んだ。10冊とも出版社から発行されているもので、どの絵本にも言葉には点字が、絵は透明な樹脂で盛り上がり触って分かるようになっている。 「お母さん!この『ぐりとぐら』の絵本、私が小さい時、お母さん、読んでくれたよね、あっ!点字がついてる! 絵も触って分かる!」の会話も2日間で多く聞かれた。  この「点字つきさわる絵本」を出版社が発行し、一般書店や図書館で購入したり読めるようになっているのには、一人の全盲のお母さんの願いとあきらめないが原点となっている。 きっかけ  岩田美津子(いわたみつこ)さんは幼い頃、先天性緑内障を患い、強度の弱視となり10代で全盲となった。 障害はあれど、母親の教育方針と彼女の生活には「あきらめる」という思考がなく、見える子ども達と同じように遊びまわり、良く学んだ。 学校では鍼灸マッサージの資格をとるも一般病院に勤務、1975年、同じ障害を持つご主人と結婚、2人の息子を授かった。  彼女の「あきらめない」に火をつけたのは、息子の「お母さん、この絵本読んで」の一言だった。 小説であれば文字だけなので、その文字を点字にしたものがあれば、子ども達に読んで聞かせることができる。 けれども、絵本の絵は、彼女にとっては触ってツルツルしているだけであった。 「あきらめない」彼女はすぐに目の見える友人に相談し、絵本の絵の部分を、透明なシートで同じ形に切って、平でツルツルの絵の上に貼ってもらい、文字も透明なシールに点字をうち、文字があるところに貼ってもらった。 長男が5才、次男が2才の時、2人の息子は初めて、母親の膝の上で、母親に絵本を読んでもらったのである。 息子2人の興味は、1冊で終わらなかった。その希望に周りの仲間も答え、10冊、20冊、50冊そして100冊と、さまざまな絵本を、岩田さんは息子に繰り返し読んで聞かせた。 母の膝だった聞く場所が、身体の成長により、母親の横へと移り、100冊になった時には、絵本から卒業の年齢になっていた。 点訳ふれあい文庫の発足  そこで彼女が考えたのは、点訳絵本を必要としているのは、自分だけではないはず、100冊の本を全国のどこかで必要としている人たちに無料で貸し出すことであった。 一つネックになったのは、郵送料。点字書籍であれば無料となるが、絵本は、目の見える人も利用できるとの理屈で、無料ではなかった。 ここでも、「あきらめない」岩田さんは、何度も行政とかけあい、無料化にこぎつけた。 現在、岩田さんが代表を務める特定非営利活動法人てんやく絵本ふれあい文庫では、約1万冊を所有し、年間約5000冊の貸し出しを行っている。  さらに、2002年には、「点字つき絵本の出版と普及を考える会」が設立され、出版社の壁を越え、技術、販路、コストの検討が始まった。 その成果が、冒頭の、一般のイベントにも点字付き触る絵本が展示されるもととなっている。岩田さんの「あきらめない」は、世の中のバリアを、共感を得ながら、丁寧に一つ一つなくしてきたのである。 星川安之 写真:『ぐりとぐら』 12ページ ディック・ブルーナの絵本から広がる世界と勇気と元気 水戸川真由美(みとがわまゆみ)  36年ほど前、私が出会った育児書の表紙には、ブルーナさんの絵が書いてありました。ブルーナさんとの最初の出会いは絵本ではなく育児書だったのです。 私はその頃、出産時の仮死で脳性まひになった娘の育児に、『自分だけがどうしてこんな目に遭わなくてはならないのか』と落ち込む日々でした。 表紙の絵に引っ張られ、読んでみようと思ったのが『ハンディキャップをもつ赤ちゃん─心配しているパパとママへの贈り物』(中村安秀<なかむらやすひで>著/主婦の友社/1986年)という本でした。  ハンディキャップのある赤ちゃんを授かったママ達の気持ちがたくさん書かれていました。 私の想いを代弁してくれるかのように、それそれ、そうなんだよ、これからどうすればいいのか、など、私だけではないのだと、少し被害者意識が薄らいだ大切な育児書になりました。 挿絵は全てブルーナさんのもので優しさ、希望、楽しさ、人物、植物、いろんな絵が描かれていました。車椅子の女の子のデザインもありました。  あるとき、ブルーナさんの動画を見ました。友達3人がボール遊びをしていると、車椅子に乗った女の子「ロッテちゃん」がやってきました。 予想に反し、女の子はボール遊びがとっても上手。4人はすぐ仲良しになりました。 その時、日本にはこの絵本がなかったので、オランダに行った知人に購入してもらってきました。 そして、頭の中の記憶によく似た挿絵があったことにも気づきました。あの育児書に描かれていた車椅子の女の子でした。  「ロッテちゃん」と再会した後、元気になれる車椅子マーク(子ども用の車椅子マーク)があったらいいなと、夢を描き続けていたある日、 子ども服メーカーの社長さんとの出会いが、ロッテを起用した車椅子マーク「車椅子ですよっワッペン」の誕生になり、たくさんの方がこのマークを喜んでくれましたが、肝心なお話の絵本が日本には存在していなかったのです。  福音館書店さんに話し、念願叶って2016年3月に『ろってちゃん』(ディック・ブルーナ文・絵、まつおか きょうこ訳/福音館書店)が発行されました。 (そのときのことが書いてあります。https://www.fukuinkan.co.jp/mail_magazine/sample_vol208.html )  このお話のなかで展開する関わり方は、見た目ではない。そして障害があってもなくてもそこには境界線をなくすることで、お互いが見えてくる、といったことも含まれているように感じます。  「あしたまたあおうね」でさよならする子ども達、知ると言うことの勇気も感じるのです。声かけにくいな〜、なんてことも日常にたくさんありますよね。 小さいときから、たくさんの関わりが持てる時間を望みます。そして、一人でも多く、こころのボーダーを超えた対話の世界が広がることを願ってやみません。  この2月から、東京では都営電車の「子育て応援スペース」にはインクルーシブに配慮し、車椅子に乗った女の子「ロッテ」が登場する絵本を題材としたデザイン装飾が登場しました。 このデザインの絵本はどんなお話なのか?と大いに気になってほしいなあと思っています。 https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/02/20/18.html 写真1:車椅子ですよっワッペン 写真2:地下鉄の電車(子育て応援スペース) 13ページ キーワードで考える共用品講座 第133講 「絵本と共生社会」 日本福祉大学 客員教授・共用品研究所 所長 後藤芳一(ごとうよしかず) 1.「絵本」と「えほん」  絵本はふつう、子どもの(対象)、発達や発育を促すため(目的)、人や自然のあり方を(内容)、絵に短い文章を添え(形式)、紙などの2次元で(媒体)提供される(X)。  一方、大人も読む(対象)、発達だけではない(目的)、受け手の熟度がくみ取る中身を深める(内容)、創作・口頭で物語りを続ける、デジタル(絵本)投稿サイト(形式・媒体)などが広がる(Y)。  ここでは、伝統的で狭義であるXを「絵本」、Xを含んで外へ広がるYを「えほん」と呼ぶ(同じ目的で、日本福祉大学は「福祉」と「ふくし」を分けて用いている)。 2.「絵本」と共生社会  (内容)自体が直接・間接に共生社会を扱い、(形式・媒体)がバリアフリー・共用になっているものがある。本号に多くの例が紹介されている。  子どもは自ら発達・成長する力をもつ。周りにできるのは、刺激や環境を提供して子ども自身の力を発揮させること。絵本は①好奇心に応え・呼び起こし、②人が本性として持つ資質、感性、倫理観を開かせる。  知識に頼らない分、感覚で抽象と往き来できる(例:おおかみはしんだ→悪は懲らしめられた)。 表現が説明的でなく、「あるところに…」で読み手に想像で補わせ、絵と文章を完全に一致させない、寓話や擬人化を通じて、「こころとは」「自然とは」と人や社会の深みに分け入っていく。 普遍性があることによって、年齢や国を超えて読まれる。その過程で自然に共生を実現している。 3.「えほん」と共生社会  地域の伝承、宗教や文化、夢、古典、風刺や座興など、絵と文字を用いる活動は広い(目的)。絵を用いることで抽象的な概念を伝えやすい(内容)。 文字文化の外でメッセージを伝える(例:鳥獣人物戯画)(形式)。 絵本はこうした素材の宇宙から、目的に合わせて編成・編集・翻案される(創作であっても、作者の心の深みには、過去からの思想、価値、倫理観が底流として関わっている)。 いわば絵本は、縛り(例:子どもや発達)のもとで、素材の宇宙から切り出してきたものといえる。 素材の宇宙が、冒頭に定義した「えほん」と重なる。では、えほんが作られるメカニズムは何か。 素材を創る活動の原点は、目的や受け手の存在を意識したものではなく、自分の心が表現し、発信しようとすること自体を動機として行われてきたのではないか。 いわば自動詞であり、一人称としての営みである。  共生社会とえほんの関係はどうか。アールブリュットが一例である。直訳は「生の芸術」、正規の美術教育を受けていない人による芸術とされる。 「人知れず 表現し続ける者たち」(NHK ETV特集)は、知的障害のある人などの絵画や工芸を紹介している。 見せるため、ではない創作が、作者の心もようを直接映し出すような表現を生んでいる。 4.「絵本」と「えほん」、その先へ  優れた絵本が生まれるには、そのゆりかごとなる、素材の宇宙を豊かにする必要がある。 素材の宇宙を豊かにし、外縁を拡げる。それには素材を活用するだけでなく、素材を豊かにすることに寄与することが必要だ。 鍵の第1は、自ら革新を生む。福音館を創業した松居直(まついただし)は、古来の絵巻を元に絵が横に流れる方式を絵本に用いた。 流れに合うよう、横書きを初めて用いた。第2は、よい素材を生みだすのに必要な、豊かな心を育む。生まれ持った直感と抽象への感性を、知識を身につけることで失わないこと。 それには子どものうちにしか築けない土台がある。 「はらぺこあおむし」の作者エリック・カールは「初めて家庭を離れ、学校に行く時期、安心していられる家、遊びと感覚の世界から、理性と抽象、秩序と規律の世界へ。 何という深淵を子どもたちは超えねばならないか。私の本がその大きな溝にかかる橋になってほしいと願っている」という。  自ら革新に寄与し、次の代が心を育みつつ繋いでいく。よい本性を深く耕すことで、共生社会が磨かれていく。 14ページ 「めねぎのうえん」のその後  障害のある人とない人がいっしょに働く農園を描いた絵本『めねぎのうえんのガ・ガ・ガーン!』(著:多屋光孫、発行:合同出版)。 この物語は、静岡県浜松市にある京丸園(代表 鈴木厚志氏<すずきあつし>)での実話をもとにしている。 同園は創業およそ400年。その歴史は江戸時代から始まる。  『インクル』137号ではこの絵本をテーマにしたトークイベントを紹介したが、今号では2021年12月の絵本出版後、京丸園に起きた出来事をお伝えしたい。 絵本のストーリー  この絵本の内容を大まかに紹介しよう。1996年のある日、特別支援学校の先生が、「うちの生徒をここで働かせてほしい」と京丸園に頼みに来た。 代表の鈴木氏は、障害のある人が働くのは無理だと一度は断った。しかしその先生は、技術が必要だと思っていた農作業を、ちょっとした工夫でやすやすとやってのけた。 実際に生徒を採用すると、想定外の良いことが次々に起きて、写真のとおり、大勢の人が働く農園になった。 絵本出版後の出来事  絵本が出版されてからどんな出来事があったのか、鈴木氏と妻の緑(みどり)さんに伺った。 ・絵本出版後の2022年、芽ねぎの売り上げが大きく上昇。 ・現在、農業大学、農業高校の図書館に絵本が置かれている。 ・ある3歳の女の子が、まだ赤ちゃんの妹に読み聞かせを始めた。 ・絵本を見た80歳の人が農園で働きたいと応募してきた。※通勤距離が長いため、この時は採用に至らず。  絵本を出版したことで芽ねぎの売り上げが伸び、将来、農業の担い手となる学生たちに障害者雇用の一つのモデルを提示。 また、子どもに読書への興味を持たせ、80歳以上の人の就業意欲向上に貢献した。 人に自慢できる職場  もう一つ、エピソードがある。 ・パート従業員が、自分の子どもに絵本を見せて「ここで働いてるんだよ」と自慢し、友人をパートに勧誘した。  自分の職場を誇らしく思っていることが伝わってくる。 初めて支援学校の生徒を採用した時は、指示されなくても誰かがその子の苦手なことを見つけ、うまくサポートしたという。 ここでは働く人に合わせて作業方法を変え、誰かに我慢や犠牲を強いたりしない。そんな職場だからこそ、一緒に働こうと人を誘いたくなる。  障害のある人を雇用してしっかり利益を出す。絵本を出版してもしなくても、京丸園のビジネスモデルは変わらない。 これからも、働く人たちが誇りを持てる職場であり続けることだろう。 金丸淳子(かなまるじゅんこ) 写真:京丸園で働く人たち(絵本・集合写真) 15ページ 良かったこと調査の本 はじめに  3月29日に、『「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会 障害のある人の日常からヒントを探る』が、小学館から出版されます。 この本で伝えたかったことは、共用品推進機構が障害のある人(以下障害者)、高齢者に対して2013年から行ってきた「良かったこと調査」の「良かった点」です。 背景  1991年、共用品推進機構の前身である市民団体「E&Cプロジェクト」が多くの障害者に行ってきた「日常生活における不便さ調査」の結果は、官民問わず多様な機関に所属する数多くの人たち及び個人に届きました。 その結果、多くの人の目からウロコが落ち、不便さを解決する検討と共にその検討結果の実践が行われました。 プリペイドカードの種類を触って識別できる異なる切り欠きの種類、他の紙パック飲料と触って識別するために牛乳パック飲料の開け口と逆の位置についた半円の切り欠き、 スイッチ部のオン側に付ける凸点、その他のスイッチに付ける点字表示などは、視覚障害者への調査からの課題を検討した結果生まれてきた工夫です。 これらの工夫は、当時、通商産業省の医療福祉機器産業室の初代室長だった後藤芳一さんのアドバイスで、日本産業規格(JIS)とし、さらには日本提案の国際規格にもなっていきました。 障害の有無、年齢の高低等に関わらず使える共用品の市場規模は、1995年では4800億円でしたが、2021年は3兆円となり増えてきています。 良かったこと調査®  そんな背景で始めたのが「良かったこと調査」です。 22年間行ってきた「不便さ調査」はモノ(製品・機器)やコト(サービス・人的応対)を、マイナスからゼロにする役割は果たしてくれましたが、ゼロからプラスにする役割は担っていませんでした。 どうしたら、ゼロまできたモノ・コトを、プラスの方向に進められるかを、障害当事者団体、研究機関、業界機関と共に話し合った結果でてきた案が「良かったこと調査」を行うことでした。 議論の中では、「良かった事例なんて集まるのか?」、「それらの事例は、役に立つのか?」などの意見も出ましたが、1年目の「旅行に関する良かったこと調査」では、さまざまな障害者から多くの事例が寄せられ、 ゼロからプラスに方向展開できることを実感できたのです。  その後も「コンビニエンスストア」、「医療機関」、「自治体」などへ調査対象を広げていきました。しかし、良かったモノ・コトの共有は、さらに多くの機関で実施することが必要です。  そこで今回、もっと多くの機関の人たちに「良かったこと調査」に関して知っていただき、ゼロからプラスへが多くの分野に広がることを願い、書籍化を考えた次第です。 その思いを日本児童教育振興財団さんが受け止めてくださり、編集は小学館社長室の三みうら浦高たかし志さんが担当、的確なアドバイスをいただき出版に至りました。  書籍は4部構成、前半の1部と2部では、良かったコト・モノの事例をエピソードと共に紹介。後半の3部と4部は、不便さや良かったこと調査の実際を紹介しています。  本書はアクセシビリティを考慮した作りになっています。是非、ご覧いただけましたら幸いです。 星川安之 写真1:『「良かったこと探し」から始めるアクセシブル社会』 16ページ 河辺豊子(かわべとよこ)さん(朝子さん)が作った道 【事務局長だより】 星川安之  今号の特集「障害を知る本」でも紹介した絵本『朝子さんの一日』は、1993年日本児童教育振興財団発行で、小学館より販売されました。  きっかけは、共用品推進機構の前身である市民団体E&Cプロジェクトが視覚障害者300名へ行った調査報告書を多くの人に知ってもらおうと 喜多川桂子(きたがわけいこ)さん(当時ソニーに勤務)と、河辺豊子さん(全盲)が絵本にすることを計画したことでした。 何度も打合せを重ね、視覚障害者の「朝起きてから夜寝るまでの不便・工夫・便利」を、イラスト入りで紹介、発刊後は、多くの人から「目からウロコが落ちた」と感想が届き、共生社会づくりの仲間が増えていきました。  同年に銀座のソニービルで行った「共用品の展示会」では、この絵本を映像化し上映、さらに多くの人に視覚に障害のある人たちのことを伝えることができました。  その後の朝子さんの生活は、河辺さんの手によって書籍『朝子さんの点字ノート』となり、当時の朝日新聞、白井健策(しらいけんさく)さんの心にとまり、天声人語で熱く紹介されました。  その河辺さん、数年前から間質性肺炎を患っていました。 1月31日に亡くなられました。77歳でした。 筑波大学付属盲学校の教師であった河辺清隆先生と結婚、二人のお子さんを授かるもご主人は病で若くして逝去、それ以降は鍼灸、日本盲人会連合(現 日本視覚障害者団体連合)、日本点字図書館(日点)で働きながら二人を育てあげました。  『見えなくても愛』は、彼女の半生を自ら紹介し、浜木綿子さん主演のTVドラマにもなり多くの人に見えないとは?を、正確に伝えました。  私が河辺さんと出会ったのは40年前、日点のゲームを楽しむ会でした。勘のするどい彼女は無類のゲーム好き、二か月に一度のゲーム会に皆勤だけでなく河辺さん宅にみなで集まっては、 大笑いしながら楽しいひと時を過ごしたものです。大笑いしながらも、彼女は常に「社会が、障害のある人たちにとって住みやすくなること」を目指していました。  日本玩具協会で1990年にはじめた共遊玩具のマークは、盲導犬をデザイン化したらとの彼女の案で実現しました。 その後、障害の有無、年齢の高低に関わりなく共に使いやすい製品・サービスを普及する市民団体E&Cプロジェクトではパッケージ班を結成し、 紙パック牛乳の上部に半円の切り欠きを付け、他の紙パック飲料と触って識別することを提案し実現、日本産業規格(JIS)や国際規格(IS)にもなりました。  河辺さんが多くの人と共に作ってきた道は今、障害のある人たちだけでなく、多くの人が笑顔で歩ける道になっています。 共用品通信 【イベント】(ハイブリッド) 小鳩文化事業団 創立10周年記念イベント(1月13日) 【共用品推進機構 委員会】 第2回新たな日常生活における障害者・高齢者アクセシビリティ配慮検討小委員会(12月19日) 第2回TC173/SC7国内検討委員会(1月23日) 第2回新たな日常生活における障害者・高齢者アクセシビリティ配慮検討本委員会(1月26日) 第2回TC159国内検討委員会(1月27日) 第3回アクセシブルサービスJIS原案作成委員会(1月30日) 第2回AD国際標準化委員会(2月3日) 【講義・講演】 ポリテクセンター山形 講座(1月15日、星川) 岡山県 UDアンバサダー養成講座(1月16日、星川) NACS 消費者講座(1月21日、星川) 網膜色素変性症代表者会議 講演(3月5日、星川) 【報道】 高齢者住宅新聞 2月8日 現代版『テレビ電話』 高齢者住宅新聞 3月10日 音声付き体重計 時事通信社 厚生福祉 12月6日 デフリンピック 東京開催決定 時事通信社 厚生福祉 1月24日 初めての入院 時事通信社 厚生福祉 2月7日 広がるコンビニの指差しシート 時事通信社 厚生福祉 2月17日 日本網膜色素変性症協会 共用品WG シルバー産業新聞 3月10日 指差シートとボード 新ノーマライゼーション 2月号 コロナ禍での新しい生活様式に関する取り組み トイジャーナル 1月号 奥野かるた店 トイジャーナル 2月号 ランドセル・学生服のリユース トイジャーナル 3月号 絵本の力 日本ねじ研究協会誌 1月号 しゃがまなくても使えるモノ 福祉介護テクノプラス 3月号 ワークショップ付き共生社会講座 アクセシブルデザインの総合情報誌 第143号 2023(令和5)年3月25日発行 "Incl." vol.24 no.143 The Accessible Design Foundation of Japan (The Kyoyo-Hin Foundation), 2023 隔月刊、奇数月25日に発行 編集・発行 (公財)共用品推進機構 〒101-0064 東京都千代田区神田猿楽町2-5-4 OGAビル2F 電話:03-5280-0020 ファクス:03-5280-2373 Eメール:jimukyoku@kyoyohin.org ホームページURL:https://www.kyoyohin.org/ja/ 発行人 富山幹太郎 編集長 星川安之 事務局 森川美和、金丸淳子、松森ハルミ、木原慶子、田窪友和 執筆 後藤芳一、水戸川真由美 編集・印刷・製本 サンパートナーズ㈱ 表紙 NozomiHoshikawa 本誌の全部または一部を視覚障害者やこのままの形では利用できない方々のために、非営利の目的で点訳、音訳、拡大複写することを承認いたします。 その場合は、共用品推進機構までご連絡ください。 上記以外の目的で、無断で複写複製することは著作権者の権利侵害になります。