インクル146号 2023(令和5)年9月25日号 特集:私の日常生活での工夫 Contents 私が生活している中での「工夫」 2ページ 私の日常生活・仕事をする上での「工夫」 3ページ 娘の取扱説明書 4ページ 発達障害:親の会の工夫・親としての工夫 5ページ 「マジックハンド」を相棒に 6ページ パラクライミングへの挑戦 7ページ 日本福祉大学 福祉経営学部(通信教育)における 障害学生支援 8ページ 多数の障がい者が活き活きと働くための環境づくり 9ページ 快適なうつわ選びのための工夫や配慮 10ページ キーワードで考える共用品講座 第136講 11ページ 日本産業規格「住宅設備機器」の改定 12ページ 『障害と人権の総合事典』 13ページ 集合住宅の郵便受け 14ページ 紙芝居劇団「どろんこ座」 15ページ 事務局長だより 16ページ 共用品通信 16ページ 2ページ 私が生活している中での「工夫」 社会福祉法人日本視覚障害者団体連合 組織部長 三宅隆(みやけたかし)  私は現在、両眼とも視力が手動弁、中心部の視野欠損、強い羞明がある視覚障害者です。 今の見え方になったのは20代前半の頃で、小学校に入るまでは視力が1.0ありましたが、本や黒板の字が読みにくくなり、色の区別ができなくなっていき、今の見え方になりました。 今の私の生活スタイルは、これまで見えていた記憶や経験と見えなくなってからの経験を元に構築されています。 また、見えなくなったことで諦めたこと、その諦めたことを一部違った方法で実現することを考え、多くの失敗を重ねながらも自信を付けることをしてきました。 私がやっていることが「工夫していること」と言えるかはわかりませんが、一部をご紹介します。  私の生活は基本的に、視覚を十分に使えないことから、他の感覚を使って視覚的なものを補うか、わずかな視覚でも使える場面では使うようにしています。  例えば、私は毎日テレビをよく見ています。見ているというよりは聴いているといった方が正しいかも知れません。 ほとんどの番組は録画したものを早送りして見ており、番組に解説放送が付与されている場合は、音声切り替えをして解説を聴きながら見ています。 映画番組は解説放送でも楽しみますが、音を頼りにCMをカットし、バリアフリー映画公開時に付けられた音声ガイドを専用アプリで聴きながら楽しんだりしてもいます。 また、解説が付与されていなくても興味のあるクイズ番組や旅番組も見ています。ただ、クイズの選択肢や旅番組で駅名や店の名前を音声で言わなかったりしたときは、何度も巻き戻しと一時停止をして確認することもあります。  使っているテレビとレコーダは、一部の操作で音声ガイドをしてくれるものです。チャンネルを替えるごとに放送局名と番組を言ってくれたり、電子番組表を読み上げてくれたりして、便利です。 しかし、私が使っているような音声ガイドをしてくれるテレビやレコーダは製造されなくなってきており、今使っているものが使えなくなったときに新しいものが手に入るのかが不安です。 このような製品はぜひ残してもらいたいものです。また、解説放送が付与されている番組は、NHKや民放キー局でも総放送時間の15%程です。もっと私たちも同じように内容を理解できるような解説放送を増やしてほしいです。  次に私が外出する上でのことに触れます。私は視力を失っていく中で車の運転ができなくなったことにショックを受けました。 しかし、車の運転ができないのなら、他の手段で行きたいところに行けるようにしたいと考えるようになり、今も少しでも自分1人で行けるところを増やすことを心がけています。 今はそれが趣味となり「乗り鉄」として、時間があるときは、短い区間であっても、いろいろなルートで行ってみたり、駅を歩き回って乗り換えルートを確認したりしています。 また、職場から自宅、あるいは自宅の地域周辺を歩くようにしていて、タクシーに乗ったときでも近くに来ればナビができるくらいにしています。 そして、外出のときに欠かせないのが道路や建物、公共交通機関のバリアフリー化と、ルート検索などに使うアプリのアクセシビリティ確保です。 これらはまだ十分整備されているとは言えず、特にバリアフリー化はその機能保持がなされていないところが多々あります。 私たちが安心して外出できるよう、これらの整備拡充はより一層進めてもらいたいです。 写真:テレビを見る様子 3ページ 私の日常生活・仕事をする上での「工夫」 大和リース株式会社 長谷川和美(はせがわかずみ)  私には視覚障害がある。視力は両眼ともに0.01程度で視野の中心部も大きな範囲で見えない。そんな見えにくさを補うため、画面音声化ソフトや画面拡大ソフト、拡大読書器を併用し仕事を行っている。パソコンの操作や文字の読み取りは音声で、レイアウトの確認は拡大画面でと「聞く」を優先し「見る」を補助的に使っている。この数年見えにくさが増したが、自身の工夫と周囲のサポートに支えられ、入社から22年目を歩んでいる。 時間管理の「工夫」  日常生活や仕事において欠かせないのが時間管理だ。一般的な時計は近づかないと見えず、時間を見間違えたり過ぎていたりで慌てることになりかねない。そこでシーンに応じてツールを使い分けている。外出前には、15分間、1分ごとに音声で時刻を知らせてくれる時計を用い、ちら見感覚で時間を確認しながら身支度をする。時間通りの出発は安全歩行にもつながる。仕事で活躍するのは振動時計。打ち合わせ中に腕時計を凝視したり、音声時計の音を聴くのはスマートではない。話しながら手の中で時間を管理できる振動時計ならミーティングも円滑に進められる。テレワーク時のオンライン会議開始のアラームに、また複数の家事を同時進行する時のうっかり防止タイマーにと重宝なのがスマートスピーカー。見えなくても声で操作できる点が便利だ。ただみんなで使うものとなると使い分けるというわけにはいかない。 みんなの使いやすさに  どの職場にもある機器の一つに印刷やコピー、スキャナー機能を備えた複合機がある。数年前に入れ替えになった際、手でボタンを確認できる物理的なテンキーが無くなり、タッチパネルが見えないと操作ができなくなった。このことを嘆いていると、オプションでテンキーが外付けできることを同僚が調べてくれた。さらにメーカーに相談してタッチパネルのボタンの大きさやコントラストを変更し、操作音も設定した。これでまた自分でできる仕事の範囲が広がった。誰かに助けてもらうことも大事だが、自分でできる工夫は諦めたくない。そんな私の不便さの解消がみんなの使いやすさにもつながり、今では入れ替えごとに同様の対応をしてもらっている。 歩み寄りの先のやさしい社会へ  タッチパネルの悩みは日常にも蔓延している。コロナ下で一気に整備が進んだスーパーなどのセルフレジがそのひとつだ。 買い物が困難になった視覚障害者にとっては切実な問題だ。銀行のATMや駅の券売機では音声ガイダンスとボタンで操作できる選択があるように、セルフレジにも誰もが使える工夫がなされることを強く望む。 人手不足が深刻な社会課題である今、無人化に伴うタッチレスの便利な機器の開発も加速すると考えられる。触ってさまざまなものを認識する視覚障害者にとり、非接触との共存は大きな不安要素だ。 完璧でなくても、例えば規格を統一するなど、双方の歩み寄りによって慣れや工夫でアクセスできるもの、それがみんなの使いやすい本当に便利な製品やサービスであり、社会に出る勇気を与えてくれるやさしさを生むのではないだろうか。 写真:自動券売機 写真キャプション:テンキー(数字ボタン)左下の「*」を押すと白黒反転の画面に変わる。操作メニューの音声ガイダンスが始まり数字ボタンで操作できる。 JR西日本 4ページ 娘の取扱説明書 杉並障害者福祉会館文化ボランティア部 峰尾久美子(みねおくみこ) はじめに  娘の紗季(さき)は、2度のパラリンピックに出演したダウン症のあるダンサーです。 ダウン症のある方のための世界で初めての本格的なエンタテイメントスクールLoveJunxでダンスを習い始めて21年。 大きな舞台にも数多く立たせていただきました。  一般就労で大手ファミリーレストランに就職して13年目になります。「私が行かないと店長さんが困るって言うの」と毎日片道1時間かけて通勤しています。 仕事は、厨房で大量に運ばれてくる食器を大きな食洗器を使って洗うことです。その他、猫型ロボットを操るベテランでもあります。「今の仕事はやりがいがあって大好き」と常に前向きな娘の姿を誇らしく思っています。 紗季は3人兄姉の末っ子として生まれ、未熟児で心臓にも疾患がありましたが、長期の入院を経て無事退院、元気に育ってくれました。 取説のきっかけ  2歳で保育園に入園。3歳からの3年間はフランスで過ごしました。帰国後は地元の幼稚園で半年お世話になりましたが、カルチャーショックが酷く、何かあると机の下に隠れて出てきません。 困った先生からは毎日のように電話がかかってきます。悩んだ私は、紗季の取説を作ることにしました。  例えば「次は音楽の時間だから笛をもって音楽室に行こうね」と具体的に話してもらうと行動がしやすくなる等をノートに書いていきました。 得意なこと、不得手なこと。できることできないこと。また家族構成等、家庭での様子を担任の先生に知ってもらうようにもしました。 その結果、少しずつ問題行動が少なくなっていきました。お友達とも仲良く遊べるようになり、先生方にも理解してもらえるようになりました。  今の職場でも初めは理解してもらうことが難しい場面もありましたが、その都度ワークサポートの職員の方と一緒に話をし、解決してきました。 特に身体的なことでは体力が続かないので休み時間を2回に分けてもらう。難聴があるので指示はハッキリ顔を見て話してもらう等、今でも新しい店長さんやスタッフさんが入るたびに伝えていただいております。 グループホーム  紗季には大好きな兄と姉がいます。特に姉は妹の紗季のことを大変可愛がってくれ、独身時代にお付き合いするお相手に「もれなく妹がついてきます。」と宣言をしていたほどでした。 私達親亡き後も、この生まれ育った地域で生活してほしいとの思いから、3年前に自宅を改修して知的障がい者のグループホームをつくりました。 紗季らしい人生の花を咲かせて欲しいと願っています。 写真1:ダンスを踊る紗季 写真2:親子で高円寺の阿波おどりに参加 5ページ 発達障害:親の会の工夫・親としての工夫 LD等発達障害児・者親の会「けやき」 新堀和子(にいぼりかずこ) 自己紹介  私は、1998年の親の会「けやき」の発足当時から在籍し、キャリア教育講座の開催やNPO法人「全国LD親の会」で、理事、評議員として活動。NPO法人WingPROの理事長を経て、現在は、発達障害の自立や就労に関する活動をしています。 発達障害の現状  昨年12月の文部科学省の発表では、発達障害の可能性があり特別な支援が必要な小中学生は通常の学級に8.8%、11人に1人程度在籍していると推計されることが分かり、支援の充実が課題となっています。 2024年は障害者総合支援法や児童福祉法の改正が行われ障害児・者の支援は更に進んでいきます。 現状は、放課後の預かり(放課後等デイサービス)等の増加と支援の充実で親の会の会員数は下降気味になっていますが、家族に必要な情報を発信するための工夫もしています。 全国LD親の会の工夫~30年の経験の中から~  全国LD親の会(https://jpald.net)では、30都道府県、36団体、約1800名が参加しています。 現在、親の会30年の経験を生かし、会員以外への情報提供として各地の親の会の会員から幼児期から学童期に起こった困りごとや悩みのエピソードを集め、テーマごとにまとめた本の発行をしています。 子育て中の親御さん、療育に関わる人、学校の先生など、子どもに関わる人への応援を込めて作成しています。  また、発達障害のある人たちの「教育から就業への移行期、成人期の支援についての検討資料」として、教育から就業への移行期におけるコロナ禍の影響について会員アンケート調査結果を公開しています。 東京LD自立生活研究会  東京の親の会の有志で「自立生活サポートチェック表」を作成してきました。 発達障害者が社会性を身につける為の日常の事柄を集めた自立の為のツールとして使われています。 Well-beingを高める~私の工夫~  わが子が10歳の時に発達障害(LD)とわかり、わが家の家庭教育の基本を「自立」「選択」「お金」の三つにすることを決めました。 自立とは働いた自分の収入で生きていく。選択とは自分の人生におけるすべての事柄を主体的に選んでいけるよう、お金は生きている限り関わるものと考え、これを「我が家の3本柱」と決めて生活の中に取り入れていきました。 あれから37年、3本柱は息子の人生に影響を与え続け、Well-beingを高めることにも役立ったような気がします。 現在は障害者雇用の企業の中で自分の力を発揮しながら趣味や自立生活に忙しい毎日を送っています。 今後  発達障害は生まれつき脳の働き方の違いが原因でコミュニケーションや対人関係を築くことが苦手な特性があり、社会生活の中で生きづらさを感じることが多くあります。 本人や家族、支援者が協力し、過ごしやすい環境を整えていくことが大切です。 写真1:自立生活サポートチェック表(東京LD親の会連絡会・自立研究会) 写真2:『発達が気になる子の子育てモヤモヤ解消ブックエンド』(かもがわ出版) 6ページ 「マジックハンド」を相棒に 杉並区身体障害者協会 会員 斎藤敬子(さいとうけいこ)  我家にはあちこちに「マジックハンド」があります。玄関、キッチン、洗面所、ベッドのそば、ベランダ、在職中は、デスク近くにも。壊れた時のための予備も用意してあります。 私は両足人工股関節、両膝は変形性膝関節症、左足は足首から太ももまでのサポーターで膝を固定して、2本杖を使って歩行する下肢障害者です。  「マジックハンド」との出会いは、1989年に先天性股関節脱臼だった右足の痛みのため、最初の手術をした時でした。 病室の先輩が教えてくれた入院生活必需品の一つが、「マジックハンド」でした。 当時、股関節の手術は3か月の入院が必要で、術後4週間はベッド上の生活でした。 術後2週間で歩いて退院という現在では考えられない心と物の準備が必要でした。売店に並んでいたそれは、形もカラーもまるでおもちゃでした。 でもこれがとても優れもので、寝たままで物を引き寄せたり、落とした本を拾ったり、長い入院生活に大いに役立ちました。 それ以後、障害の状況により使い方はいろいろ変化しましたが、私の傍らにはいつでもマジックハンドがあります。 上手に使えば、髪の毛1本でも拾うこともできます。  しゃがむことのできない私には、日常生活でできないことがたくさんあります。でも「マジックハンド」があれば、時間はかかりますが日常生活はなんとかなります。 着替えはもちろん、高い棚や床にある物もとれるし、サポーターが邪魔で使えない長い靴ベラの代わりに靴のベロを持ち上げれば靴も履けます。 マジックハンドを2本使えば、靴下もはけますし、杖と合わせて使えば、むくみ予防の膝までの弾性ストッキングだってはくことができます。 家族や友人には本当に器用だとあきれられますが、工夫次第で何とかできるし、そうしてきました。  2019年に4回目の手術をした時ももちろん持参しました。興味を示した同室の患者さん達にマジックハンドをプレゼントして喜ばれました。 装具を作る先生も、手が届きにくい下の2本のベルトをマジックハンドで止められるようにと、何度も試行錯誤を繰り返して留め具を工夫してくれました。  先日検診で病院に行った時、今迄はなかった売店に、パステルカラーの可愛いマジックハンドを発見しました。ついにここにも、とうれしくなりました。  7月には、高校時代の友人4人との1泊旅行に、思い切ってマジックハンド持参で出かけました。久しぶりの温泉も友人の手を借りずとも入ることができ、心置きなく楽しい時間を過ごしました。 ただ、リュックからはみ出たマジックハンドは、朝のラッシュ時の中央線では、迷惑だったと思います。伸び縮みできるマジックハンドがあればなあ、と思います。  マジックハンドがいくら有能でも、足の爪切りや、転んだ時自分で起き上がるなど、できないことはたくさんあります。 でも、私には在職中も退職した今も「斎藤の足」を自称する友人がいます。 娘が幼稚園の頃は、遠足の動物園内を娘と一緒に歩いてくれる第2、第3の母を自称する近所の友人達がいました。街で転んだ時には、声をかければ、起こしてくれる方が必ずいました。 マジックハンドの使い方をあれこれ工夫しながら、必要なときは助けを借りつつ、不便だけれど、気楽な一人暮らしがこれからも続きます。 写真:靴下を履く様子 7ページ パラクライミングへの挑戦 パラクライミング日本代表 渡邉雅子(わたなべまさこ) わたしのこと  パラクライミング日本代表の渡邉雅子です。パラクライミングは、視覚か身体機能に障害がある人が、一般のクライミングと同じルールと設備で、ホールド(登るための突起)を利用して自身の力だけで壁を登り、到達高度を競うスポーツです。  私は5歳のとき小児がんのひとつ骨肉腫を左股関節に発症し、脚を切断せずに人工骨移植で温存治癒し、装具と杖で生活していました。しかし2011年から放射線治療の影響と考えられる左下肢動脈閉塞を発症し、血管移植を4回受けました。 人工骨を壊さないよう運動や衝撃に細心の注意を払い続けてきたうえ、血管閉塞の不安も抱えるようになった折、同じがんで脚を切断し義足で生き生きと生活している人に出会いました。 私にとってより良い未来を生きたくて、2020年に左股関節離断手術を受け、股義足での生活を選びました。左脚の心配から自由になった新しい体で、本格的にクライミングを始めました。 クライミングのこと  興味を持ったきっかけは、建物の外側にホールドがたくさんついたクライミングジムをたまたま見かけて、あのてっぺんに行けたらどんな景色が見えるのかしら、と憧れたことです。  義足のトレーニングを終えた5か月後の2021年3月に日本選手権に初出場し、日本代表選考基準に達し、同年9月に世界選手権ロシア大会に出場しました。 担当の理学療法士と義肢装具士と一緒にクライミングに適した義足を工夫し、膝位置に足首をつけた短い義足で登りましたが、結果は最下位。 私にとって、義足は体だけでなく心の支えでもあり応援してくれる人との絆で、その義足と一緒に登れるのは誇りだったので、義足のクライマーを体現できなかったことに落ち込みました。 でも私に足りないのは体を動かすことそのものの経験です。ずっと左脚を庇って動きに制限をかけてきたけれど、まずは左脚がまったくない体を自由に動かせるように、いまは義足なしで練習を続けて大会に出ています。 登りが洗練されたら、どんな義足が私の助けになるかわかると思います。  義足で登ることは少し先ですが、義足で自由に歩けるおかげで、今年はアメリカ・オーストリア・スイスを旅してワールドカップ3大会と世界選手権を登り、女子で日本初の国際大会全出場を達成しました。 これからのこと  私は物心ついてからずっと、道具を体の一部として生活しています。 装具も杖も義足も、私を一歩先のいいところへ連れてきてくれました。 これからも義足という道具と自分の体の可能性を広げられるよう工夫して歩み続けたいです。  また、私と同じ小児がん経験者や義足ユーザーの可能性をもっと広げる一助として、クライミングを楽しむ機会を作る活動にも取り組んでいます。 写真1:切断手術前と後 写真2:クライミングジムでの練習 8ページ 日本福祉大学 福祉経営学部(通信教育)における障害学生支援 日本福祉大学 通信教育部事務室 古澤徹(ふるざわとおる)  日本福祉大学 福祉経営学部(通信教育)では、国内に留まらず海外まで、10代から80代までと、地域・年齢とも幅広く約5000名の学生が学んでいる。 障害・疾病をもった学生も145名が在籍している。働きながら学習している方や、重度障害があり通学が困難な方等、それぞれの学生が通信教育の特性を生かして学び、目標にあわせて、大学卒業や資格取得を目指し、学習を進めている。 障害学生への支援  本学部では、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」の施行を踏まえ、障害・疾病のある学生から支援の申し出があった場合に、過重な負担や成績評価基準の変更のない範囲で「合理的配慮」の提供を決定している。  本学部では、印刷教材を使ったテキスト科目、パソコン等で動画コンテンツを視聴するオンデマンド科目、会場等で教員から直接授業を受けるスクーリング科目の3つの学習方法を用意している。 オンデマンド動画に字幕付を行う支援やテキストデータの提供(出版社との調整)等の支援も行っているが、本学部の場合は、スクーリング科目において、支援を希望する学生が多い。 ハード面の工夫  スクーリング会場については、バリアフリーの会場使用を原則としている。 ただし、エレベーター・トイレ等の形状は各会場によって様々であるため、支援を希望する学生には、開講前に大学から、支援内容の確認や会場情報を連絡している。 不安なことがあれば、その際に相談できる。 ソフト面の工夫  学習全般や大学生活に関する相談がある場合は、大学の学習管理システムを利用して、メールのような形で、問い合わせができるようになっている。 スクーリング科目は、障害や疾病により支援が必要な場合は、事前に相談してもらい、優先席の確保や講義資料の事前提供等、必要な支援を行っている。 支援の対応事例  社会全体でICTを活用する場面が増えた。手話通訳等の支援者がいないとスクーリングに参加できなかった学生が、UDトーク等のアプリを使用することで、参加できる機会が増えてきた。 グループワークがある場合は、名乗ってから発言する、発言の順番を調整する等の支援が必要になる。大学の教職員が間に入って調整することもあるが、学生同士で工夫をして進行することもある。 結果として、全員が丁寧な発話を心掛けるため、参加した学生全員にとって、分かりやすいグループワークになったという声もあった。 今後について  改正障害者差別解消法が令和6年4月に施行されるため、私立大学の合理的配慮の提供は法的義務となる。 これまでも、大学全体で様々な支援を行ってきたが、今後も本学らしい「ともに学び、ともに成長する」誰もが学びやすい大学づくりを行っていきたい。 図:福祉経営学部(通信教育)の障害のある学生の在籍状況 9ページ 多数の障がい者が活き活きと働くための環境づくり 東京都チャレンジドプラストッパン株式会社 常務取締役 棟方輝彦(むねかたてるひこ)  当社は、様々な障がいをもつ社員を積極的に雇用する凸版印刷の特例子会社として1993年に誕生しました。 設立時の障がい者は約20名程でしたが、設立以降、旧社名の東京都プリプレス・トッパンのプリプレスに由来する印刷の前工程である製版業務を中心に事業を展開し、着実に成長を遂げてきました。 さらに近年では、トッパンビル内でのオフィス事務や除菌作業、IT開発、書類の電子化、紙すきなどの新しい事業にも積極的に参入し、2021年には事業をさらに多角化することで多くの雇用を生み出し、さらなる飛躍を果たしていく目的をもって、社名を東京都チャレンジドプラストッパン株式会社に変更し、2023年6月1日現在、社員数159名、内、障がい者数119名にまで成長してきました。 さて、私達の企業理念は3つの柱から出来上がっています。  1つ目は共存共栄の精神です。私たちは障がいを個性と考えており、様々な個性を持つ人々が一体となることが大切と考えます。  2つ目はチャレンジドの精神です。チャレンジドには障がいをプラスの才能ととらえ、果敢に挑戦するという意味があります。  3つ目はプラスの精神です。無限の可能性にチャレンジし、新たな価値と雇用を生み出し、広く社会に貢献したいと考えています。  このように、当社の財産は「人財」以外に無いと言っても過言ではありません。 そのため、約50名の身体に障がいを有する社員が勤務する小豆沢本社においては、ハード面では、バリアフリーの職場環境を整備するとともに、褥じょくそう瘡予防のための休憩室を整備。 また、ソフト面では、高齢化に伴う障がい進行を少しでも遅らせ、元気な日常を維持し、さらに向上してもらうため、健康経営にも積極的に取り組み、2022年、2023年と連続して健康経営優良法人(中小企業法人部門ブライト500)の認定取得を受けています。  また、小豆沢本社および関東圏に6か所ある当社事業所(通称:オフィス)には約70名の精神障がいまたは知的障がいを有する社員が勤務しており、ジョブコーチ等の資格を有した指導員(通称:コーチ)を障がい者6名に対して1名配置し、日々の業務指導は勿論、日報、週報、グループディスカッション等を通じて一人ひとりの能力開発を行っています。  これからも我々は、さらに多くの様々な個性をもった仲間と仕事をすることが必要で、新しい事業へのチャレンジが必要です。それは、これまで経験がない「農業」かもしれませんし、「カフェテリアの運営」かもしれません。 しかしながら、どんな事業であっても、社員一人ひとりのチャレンジする精神と、それを支える会社の取り組みがあれば、必ずや実現し、多くの仲間が活き活きと活躍できるものと確信しています。 写真1:専門資格を持ったスタッフも活躍 写真2:入社から定着、成長までをバックアップ 10ページ 快適なうつわ選びのための工夫や配慮 暮らしのうつわ花田 店主 松井英輔(まついえいすけ)  暮らしのうつわ花田は、1977年(昭和52年)東京九段で開店しました。高度経済成長後、食の風景も大きく変化した時代です。 都内のショールームにシステムキッチンが登場、食卓はテーブルとイスの団らんが広まり、冷蔵庫が普及、家庭で使われる食材の幅が一気に広がります。 食べられる料理にも変化が起きました。パン食が一般化するとともに、シチュー、カレーライス、パスタ、ハンバーグといった洋食が献立に加わり洋食器への需要も高まりました。 一方当時和食器は「瀬戸物」と呼ばれ5客揃いの販売が主流の中、花田は開店当初より手作りのうつわを1客ずつ選んで買えるというスタイルで大量生産大量消費とは少々違った道を歩み始めました。  花田ではお客様がお帰りになる際「また花田に来たいな」と思っていただけることを目指しています。その中で大切なのは店内で過ごす楽しい時間です。 「すみません」とお客さまに呼ばれなくても必要なタイミングで行動できる。そういった関わりを目指すことも「快適なうつわ選びのための工夫や配慮」のひとつであると考えています。 具体例として3つの工夫や配慮をご紹介します。 店内をゆっくり歩けるスペース  気になったうつわをもう一度見て確かめるのは専門店ではごく自然なこと。うつわを探す目的は1人1人違いますので、お客様同士がすれ違いながらも自由に行き来が出来る店内スペースを確保しています。 1、2Fに設置したテーブル、イスの活用  うつわを手に持つ場合、立ったままよりイスに座りテーブルに置いた状態から手に取る方が、実際の食事に近い体感が得られます。 また、うつわを手に取って選べるのは実店舗の良いところ。荷物を置き手ぶらで店内を歩くのは意外なほどストレスフリーです。 手荷物を置くスペースとして、或いは購入決定前に冷静になる為のちょっとしたひと休みに、店内に配置したイスが役立ちます。 うつわ好き同士が集う場所として  ただのセールストークだけでは面白くない。店のスタッフは九段の長い坂を登ってご来店下さったお客様に「うつわ好き同士」としての会話を楽しんでいただきたい(楽しみたい!)という想いでお客様をお迎えしています。 「何を盛り付ける?」「作者はこんな人」「制作過程の工夫」など店内には話したいコトが溢れています。 MOASをはじめて気づいたこと 「もっと(MO)明日(AS)を…」という願いを込めたMOASシリーズを2013年にスタートしました。ある介護用品売り場の片隅に置かれた樹脂製の特殊な形状のうつわが介護食器として販売されているのを目にしたことがきっかけでした。 花田が掲げるテーマ「美味しく、楽しい食卓」はすべての人々に向けてのメッセージではないだろうか?その疑問が原点です。 高齢の方、障がいのある方、小さなお子さんに向けたうつわ作りの中で気付いたのは、工夫や配慮を突き詰めるとごくふつうの形状にたどり着くことでした。 これまで通りの方法で手作りならではの技術に知恵と工夫を注ごうと考えを定めた結果、出来上がったうつわをテーブルに並べると、どれが高齢者の座る席か分からない誰もが使いやすいうつわになっていました。 恐らく我々の工夫や配慮は、特別でないところに強みがあるのだと思います。 写真:花田店内(テーブルとイス) 11ページ キーワードで考える共用品講座 第136講 「不便さと工夫」 日本福祉大学 客員教授・共用品研究所 所長 後藤芳一(ごとうよしかず) 1.「工夫」の枠組  工夫はよい方法や価値を生みだすこと。その範囲は個人から社会まで幅があり、目的は目の前の課題対処から社会の仕組みに及ぶ。 3つの視点から見よう。第1は、取組みの起点や動機である。具体的な目的(例:便利さ、課題の克服)がある場合をX、知的好奇心など内発的な動機によって取り組む場合(例:発明、創作)をYとする(文献1)。 Xはニーズ発、Yはシーズ発である。第2は、革新のしくみである。Xのうち現状をもとに改良するのをX1、新しい原理によって違う地平に跳ぶのをX2とする(文献2)。第3は、改革の構造だ。 手直しや修復をA、新たな構築をBとする(文献3)。それぞれ明解に区別できないこともあるが、以下はこの枠組でみていく。 2.工夫の例〈その1:目的達成(X)〉  XかつAのうち、当事者自身の取組みや日常の用具の提供による不便さへの対応はX1Aになる。自助具、シャンプー・リンスなどの包装容器、玩具、サイン計画、ホームドア、障害者権利条約に基づく合理的配慮など。 共用品の多くはデザインや用途の工夫でありこれに当たる。点字、宅配不在配達票の切欠き(クロネコ)や触地図は異なる手法でのコミュニケーションであり、これはX2Aになる。 XかつBのうち、DAISYほか国際標準は情報やサービスの共有のあり方を大きく変えるものであり、X1Bになる。 エスカレータ、エレベータ、電子商取引、パラスポーツ用具(例:インテリジェント義足)、カラーユニバーサルデザイン(大雨や津波警報)、療養や介護の見守りセンサ、分身ロボット(例:オリヒメ)は、新しい技術で不便さを補い暮らしを変える、これはX2Bになる。 3.工夫の例〈その2:自律発展(Y)〉  技術革新が大きく進み、いま第4次産業革命の中にあるといわれる。別の分野の技術が不便さ対応に新しい可能性を生んでいる。 コミュニケーション(例:メール、SNS)、メタバース(例:MR(複合現実)、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、知能(例:AI、生成AI)、モビリティ(例:空飛ぶクルマ)、BMI(脳の機能で装置を動かす、Brain-Machine Interface)など、 これまでと全く別の次元で不便さを解決する可能性がある。自己表現(例:アール・ブリュット)やドラえもん(もしいれば)は、目的に依存せず創り出すのでYBになる。 4.社会的要請が生じる背景  あと先になったが、改めて要請が生じる背景を、環境問題と比べつつ整理しよう。第1は課題の拡大である。環境では温室効果ガス濃度の上昇や生物多様性(絶滅危惧種)、ヘルスケアでは少子高齢化など。 第2は、要求水準が上がること。環境では海洋プラスチック、ヘルスケアでは障害者法定雇用率の引上げ、安全、合理的配慮である。第3は、進行中や新しい課題である。環境ではオーバーツーリズム、ヘルスケアでは働き方改革(長時間就労の制限、WEB会議・講義)である。 第1と第2は課題が明らかなのでX1やX2で対応できるが、第3は課題自体の把握と定義から取り組む必要がある。そこではX2BやYBが有効なことがある。 共用品は、課題への気づきから共に用いるという新しい発想で取り組んできた。X1Aの担い手のすそ野が拡がったいま、改めて第3の分野への踏込みと工夫が求められている。 文献1:「西堀流新製品開発」で西堀榮三郎は、米GE社の草創期をともに支えたエジソンの発明はニーズ対応(本文中のX)、ラングミュアーは(Y)とした。ラングミュアーは後にノーベル賞を受けた。 文献2:「イノベーションのジレンマ」でクリステンセンは、イノベーションを持続的(X1)と破壊的(X2)と整理した。 文献3:「分裂病と人類」で中井久夫は、改革の取組みを復興や立て直し(例:二宮尊徳)(A)と、建設や世直し(B)で整理し、日本で成果が出た多くはAでありBは弱いとした。 12ページ 日本産業規格「住宅設備機器」の改定 はじめに  4月にJIS S0024アクセシブルンデザイン-住宅設備機器が改正されました。初版発行は2004年。当時は、省エネルギー技術、センサー技術、通信技術などが一般化されていませんでした。 約20年の間に、それらを取り入れた設備機器は、使用性、利便性、安全性などの技術が大きく向上し生活を豊かにしています。 本誌では、変更になった「適用範囲」の部分について紹介します。 【2004年版と2023年版対比】 ①対象者の拡大「加齢及び加齢に伴う疾病、事故などで身体能力が低下した高齢者」から「高齢者及び障害のある人を含めた日常生活に何らかの不便さを感じている人々」に拡大。 ②対象とする住宅設備機器の詳細を記述。 【2004年版】 加齢及び加齢に伴う疾病、事故などで身体能力が低下した高齢者が快適に生活できるように、戸建て及び集合住宅に設置する住宅設備機器(以下、設備機器という。)の設計をする際の指針として留意すべき事項について規定する。 なお、住宅に固定して使用される設備機器で、この規格に規定されていないものも、4.(一般原則)に従うことが望ましい。 備考1.住宅の設備機器のうち、配管・配線には適用しない。家庭電器製品のうちテレビ、冷蔵庫、電話及び扇風機には適用しないが、インターホン及びエアコンには適用する。 備考2.設備機器(例えば、手すり)の設置の要否、どの位置に設置するかなどは建築計画の分野であり、この規格では規定しない。 【2023年版】 高齢者及び障害のある人を含めた日常生活に何らかの不便さを感じている人々が快適に生活できるように、戸建て住宅及び集合住宅(以下、住宅という。)に設置する住宅設備機器(以下、設備機器という。)の設計をする際の指針として留意すべき事項について規定する。設備機器としてインターホン、ルームエアコンディショナ、ビルトイン機器及び温水洗浄便座など取付工事によって住宅及び設備機器に設置される家電製品に適用する。ただし、テレビジョン、冷蔵庫、洗濯機、電話機、扇風機など単体で使用され、利用者が意図的に移動させることができる家電製品には適用しない。配管又は配線には適用しない。なお、ユーザー個々の症状、障害によって異なる特定のニーズの中には、この規格に記載の配慮により対応ができないものがある。 この規格は、住宅の設計段階で設置する設備機器の選定においても活用可能である。 注記 設備機器の設置の要否及び住宅のどの位置に設置するかは、建築設計の分野であり、この規格では規定していない。 当該JISは、多様なユーザーが利用可能な機器の開発を促し、高齢者や障害者等が安全・安心、地域包括ケア・在宅ヘルスケアの推進にも貢献できるようになると考えています。さらに製品の開発が進み、多様な人々から受け入れられることで需要の拡大が見込まれる分野であると思います。 日本産業標準調査会(JISC)のホームページの「JIS検索」で閲覧することが可能です。 日本産業標準調査会のホームページ JIS検索 https://www.jisc.go.jp/app/jis/general/GnrJISSearch.html 写真1:「JIS S 0024:2023 アクセシブルデザイン―住宅設備機器」規格表紙 写真2:JISCの検索画面 13ページ 『障害と人権の総合事典』 共生社会を知る事典  40年余にわたり共生社会の実現に向けて運動を続ける日本障害者協議会(JD)が、6月15日、『障害と人権の総合事典』(やどかり出版)を発行しました。 「事典」は、言葉や漢字を集め一定の順に並べ、読み方、意味、語源、用例を集めた「辞典(辞書)」と異なり「ことがらを表す言葉を集めて、その一々に解説を施した書物」と広辞苑に語釈があります。 辞書との違い  例えば「障害者」を広辞苑でひくと、「身体障害、知的障害、精神障害があるため、日常生活・社会生活に継続的に相当な制限をうける者。障碍者、障がいのある人。チャレンジド。」とあります。 一方『障害と人権の総合事典』の「障害と障害者」の項目では、国際機能分類(ICF)、障害者権利条約、そして障害者基本法での定義を紹介すると共に、「しょうがいの表記」を別項目でたて、「しょうがい」の表記が「障害」、「障碍」、「障がい」に分かれている経緯に関して記述されています。同事典は、JDの役員、並びに関係者117人によって執筆され、328の障害と人権に関する用語を、27の章に分類し260ページの読み応えのある書籍になっています。 事典のため、どこから読まなくてはいけないというルールはありませんが、障害者運動に関し書かれている27章から読むと、1981年の国連が提唱した国際障害者年が、異なる障害当事者団体どうしが連携するきっかけとなったことがわかります。 事典を作ったJD  運動団体の日本障害フォーラム(JDF)は13の障害者団体、関係団体で組織され、この事典を作ったJDもその構成団体の一つです。 JDには、障害や難病の当事者団体だけでなく、理学療法士、作業療法士、手話通訳、要約筆記者のように医療や福祉の専門家集団、パラスポーツ、街づくり、 共用品・共用サービスなど幅広い分野で長年活動してきた団体が加盟し、共生社会の実現をそれぞれの立場から目指しています。 そんな背景を理解すると、この事典が発行された必要性を理解できます。それは、共生社会の実現をめざすという目標は同じでも、それぞれの団体の活動は、同じ単語でも解釈が異なり、話しがかみ合わないことがあります。 一例として海外から入ってきた言葉、ノーマライゼーション、インクルージョン、ユニバーサルデザイン、バリアフリー、アクセシビリティなども、それぞれの団体、個人によって解釈が異なる場合があるのです。 「辞典(辞書)」では多くの場合、それぞれの言葉の解釈は、言い切っている場合が多くまた、辞書によってその言い切り方が異なるため、読んだ辞書によっても理解が異なってしまうことがあります。 さらには、思考がそこから発展しない場合もでてきます。それに対して、この事典には「自分で考える余地」があり、読者に受動から能動に移る大切さを、自然と身に付けさせてくれます。  ウクライナ戦争と障害者、優生保護法の問題、展望の見えない精神科医療の改革、やまゆり園事件の真相究明と風化防止、障害者雇用代行ビジネス、障害のある人の参政権、 駅や店舗の無人化問題等々、社会が共生社会に変わっていくのを阻む事件は次から次へとでてきています。 一つ一つを多くの力で解決していくためにも、言葉の歴史、意味を共有できる『障害と人権の総合事典』は、多くの人に読んでいただきたい一冊です。 星川安之(ほしかわやすゆき) 写真:『障害と人権の総合辞典』(やどかり出版) 14ページ 集合住宅の郵便受け Nさんからの電話  「郵便受けが開かなくなってしまったので、見に来てくれないか?」と話してきたのは、私と同じ街に住むNさん。 Nさんは全盲の視覚障害者で、御主人は強度の弱視であるが、ヘルパーさんに依頼することなく生活している70代の二人暮らしの方です。 郵便受け  Nさんの住居は約10世帯が住む集合住宅で、郵便受けは入口に並んでいます。 それぞれには0~9の数字が時計板のように書かれたダイヤルがあり、それぞれに暗証番号が割り振られ、それが鍵の役割を果たしています。 時計の文字盤でいうと、12時の位置にはじめの暗証番号を合わせ、そこから左にダイヤルを回転させて、次の暗証番号を12時の方向に合わせます。そこで郵便受けの扉を手前に引くと、開く仕組みになっています。 ダイヤルに表示されている数字には凹凸がないため、Nさんは数字を触って確認することはできませんが、ダイヤルを回転させる時には、左右どちらに回しても一つ進むごとに感触が手に伝わってくるので、 どの数字が今12時の方向にあるかさえ分かれば、暗証番号の手順に従って右へ左へと回して開けることができます。  しかし、12時の方向にある数字は分からないため、常に扉を手前に引けば開く状態に、娘さんが家に来た時にセットしてもらっていました。 常に開くのであれば、暗証番号の意味はなく不安な気持ちもありましたが、触って確認できない数字と格闘するよりはよいとの判断でした。 しばらくは、問題なく郵便物を取り出せていたのですが、ある日Nさんがいつものように郵便受けの扉を開こうとすると、開かない。力をさらに強めても開きません。そこで、冒頭の電話につながるのです。 凸点シールで応急処置  自転車をこいでNさんが住む集合住宅に着くと、開かなくなった郵便受けの前で、Nさんが困った顔をして立っていました。 さっそく12時方向にある数字を確認すると、暗証番号の最後とは異なる数字が示されていました。 その数字は開く数字の隣の数字のため、誰かが故意に行ったというよりも、何かの拍子で一つずれてしまったことも想像できます。  故意でなくても、数字がずれて郵便受けが開かないことには変わりはありません。ひとまず暗証番号の数字を12時の方向に動かし、「開けること」の応急処置は終了しました。 ただし、いつまでこの状態が続くかの保証はないため、考えたのは、キーとなる暗証番号の数字と郵便受け側の12時のところに、凸点の透明なシールを貼ることでした。 そうすれば、今回のように何らかの原因でダイヤルが動いてしまっても、凸点で数字を確認しながら、全盲のNさんも暗証番号の手順を一人で行うことができます。 Nさんに賛同してもらえたため、翌日、透明な粘着力のあるシートに点字器で凸点を打った2つのシールを持参し、Nさん立ち会いのもと郵便受けに貼ったのです。 1週間後にNさんに電話すると、「あれからは、ダイヤルは動いていないけれど、動いても大丈夫の安心感はある」との答えでした。 今回紹介した住宅設備機器の日本産業規格が郵便受けを作る企業に伝わり、目の不自由な人も使える郵便受けができることを期待します。 星川安之 写真:凸点を貼った郵便受け 15ページ 紙芝居劇団「どろんこ座」 たこの足はなぜ8本?  太鼓が鳴り始めると、多くの子ども達が、オレンジ色の羽織を着た二人の前に走って集まってきました。「は~い、みなさんん、こんにちは!劇団どろんこ座で~す。 絵もお話も音楽もオリジナルで世界に一つのミュージカル3D紙芝居を作って、日本中で、紙芝居をしています。さて、きょうは!」と日南田淳子(ひなたじゅんこ)さんの挨拶に続き、 篠塚浩さん(しのづかひろし)がギターをリズミカルに奏で、集まってきた人たちを正面の紙芝居に釘付けにさせます。 「今日の紙芝居は『タコの足はなぜ8本?』」と、抑揚をつけてゆっくり日南田さんが読み終えると同時に、ギターがリズムを刻み、二人によるオリジナルの踊り付きの歌 「♪タコのあし~は、なぜ8本? むかし、タコはイカと同じで足が10本ありました!~」と続きます。日南田さんが一枚めくるごとに、話しの中に引き込まれていき、 さらにペープサートで作られた登場者たちを二人で交互に操り、中盤から終盤へとむかっていきます。 劇団どろんこ座  紙芝居を専門とした唯一の劇団である劇団どろんこ座。メンバーは、作詞、作曲、演奏、台本作成を担当する篠塚さんと、紙芝居、ペープサートのイラスト、作成を担当する日南田さんの二人。 商業演劇や小劇場などで長年役者をしていた二人は、その通る声で複数の役を演じています。夫婦である二人が紙芝居をはじめたのは2010年。 保育園、幼稚園など子どもが集まる施設に呼ばれて行う紙芝居は、TVやパソコンなどの液晶画面になれている子ども達には新鮮に映り、すぐに夢中になり聞き入ります。 順調にスタートしたどろんこ座でしたが翌年、東日本大震災となり、二人で話し合いその年からしばらくの間紙芝居はほぼ全てを震災のあった地の子ども達への寄付にするためにチャリティ上演としました。 その中でも、オリジナルの作品を作り続け、さらには、既存の紙芝居をどろんこ座流に咀嚼して上演したりと、紙芝居の楽しさを異なる角度から考えながら伝えていきました。 日南田さんは、粘土細工を行うワークショップを考え実行、人気のイベントになり定着しています。 障害のある子どもへ  紙芝居には、心身に障害のある子どもや大人の人達も楽しみにして集まります。「耳の不自由な子ども達の中には、口の形を読んでくれている人もおられます。 そのため、口の形が見えるように心がけています。仕事仲間に聞こえない人がいたので、自然と身についたと思います」と二人は話してくれました。 今後について  「今までに子ども達の施設だけではなく個人宅のパーティに行ったり、療育病院では個室をまわったりもしました。紙芝居には人数、場所を問わず、人と人とを繋ぐ力があります。 紙芝居がこんなところまで?という常識を、これからも破っていきたいと思っています。 私たち二人は、舞台を降りて紙芝居をやっていますが、逆に大きな舞台やホール(武道館やドームなど)でも見せる紙芝居というのも作りたいと思っています。 表現者としてはそんなことも挑戦していきたいです」と、力強く話してくれました。 星川安之 写真:どろんこ座 16ページ 社会モデルに舵を切らせた要因 【事務局長だより】 星川安之  私がおもちゃメーカーのトミー工業(現タカラトミー)に1980年に入社した6か月後に配属されたのは、新設されたHT研究室。障害のある子ども達が遊べる玩具の研究開発をする部所だった。  発足後1年間は、障害のある子ども達の入所、通所施設、特別支援学校(当時は養護学校)、研究機関を訪問しては、子ども達、療育・教育者、ご両親、介助者と会って話を聞き、遊ぶ場面を見学する毎日だった。 1000人以上の人達に会った1年間はさまざまな工夫を知る日々でもあった。  市販の玩具についているスイッチでは「小さすぎる」、「押す力がない」、「手や指が使えない」などの理由で、オン・オフができない子ども達がいる。 それを解消するために「弱い力」、「腕や足や息でも」操作できるスイッチを、それぞれの子ども達の身体特性に合わせ、工夫しながら手作りされていた。  一方、脳性麻痺のある子ども達が市販のクレヨンを麻痺した手で持ちづらそうに持ち、力を込めて絵を描いている場面にも遭遇した。  社会にあるモノやサービスを工夫して、障害のある子ども達に使いやすくする考え「社会モデル」と、障害のある子ども達が、訓練や工夫をこらして既存のモノやサービスに合わせる考え「医学モデル」。 32年前の当時は、圧倒的に「医学モデル」が幅を利かせていたように思う。 次の年は、研究結果を商品化するために、盲児の玩具に絞って調査を再開した。小学校入学前の盲児のいる家庭20軒を訪問、そこでも多くの工夫を知った。  Nさんは目の見えない自分の娘に、自宅の間取りや、家の外側と内側の関係を言葉だけで説明する限界を感じ、自宅の立体模型を作った。 横60センチ×縦90センチ×高さ60センチの住宅模型は屋根を外すことができ、子ども一人が入れる大きさになっている。  この世界に一つしかない立体自宅模型で、彼女の娘は、自宅を把握しただけでなく、彼女の通う幼稚園や、時々訪れる親戚、友達の家の構造もこの模型を元に把握できるようになったという。  Nさんは娘が盲学校の小学部から習う点字を、今から慣らさせようと横4センチ縦5センチの板に、先が半円になったねじの頭を使い、点字の「あ」から「ん」までと数字を作った。 点字は逆さまにすると違った文字になってしまうので上下が分かるように、右上を斜めにカットする工夫も加えた。  あれから43年、社会は「共生社会」を目指し始め、社会のシステム、サービス、設備機器、製品の方が、少数派であった障害のある人に(も)使えるような方向に舵を取り始めている。 まだまだ大きな舵が切られた段階ではあるが、舵が切られた背景には、Nさんが娘におこなったような工夫が、その力になっていると確信している。 共用品通信 【会議】 新たな日常生活における障害者・高齢者アクセシビリティ配慮に関する国際標準化委員会(本委員会)(7月6日) 第9回TC 173/SC 7/WG 7 DIS 6273規格作成会議(7月18・20日、金丸・森川) 【講義・講演】 特別支援教育総合研究所 第一期特別支援教育専門研修(7月5日、森川) 早稲田大学(7月15日、星川) 杉並区宮目地区 民生委員会(7月20日、星川) 早稲田大学(7月27日、星川) 日本福祉大学(埼玉・大宮)(7月29・30日、星川・森川) 杉並区 永福和泉地域区民センター協議会(8月4日、星川) 鳥取県+家電製品協会(8月20日、星川) 【報道】 時事通信社 厚生福祉 7月28日 共生社会しかけ隊 時事通信社 厚生福祉 8月18日 『障害と人権の総合事典』 日本ねじ研究協会誌 6月号 2センチの段差とつり革の高さ 日本ねじ研究協会誌 7月号 音声体重計 トイジャーナル 8月号 布しばい「なにぬの屋」 トイジャーナル 9月号 ホッキョクグマのぬいぐるみ 福祉介護テクノプラス 8月号 共用社会しかけ隊 福祉介護テクノプラス 9月号 異なる複数の病・体験記 高齢者住宅新聞 7月12日 卓上にあるモノ 高齢者住宅新聞 8月9日 ビニール袋を開ける シルバー産業新聞 9月10日 まつりの段差 アクセシブルデザインの総合情報誌 第146号 2023(令和5)年9月25日発行 "Incl." vol.24 no.146 The Accessible Design Foundation of Japan (The Kyoyo-Hin Foundation), 2023 隔月刊、奇数月25日に発行 編集・発行 (公財)共用品推進機構 〒101-0064 東京都千代田区神田猿楽町2-5-4 OGAビル2F 電話:03-5280-0020 ファクス:03-5280-2373 Eメール:jimukyoku@kyoyohin.org ホームページURL:https://www.kyoyohin.org/ja/ 発行人 富山幹太郎 編集長 星川安之 事務局 森川美和、金丸淳子、松森ハルミ、木原慶子、田窪友和 執筆 後藤芳一、斎藤敬子、新堀和子、長谷川和美、古澤徹、     松井英輔、峰尾久美子、三宅隆、棟方輝彦、渡邉雅子 編集・印刷・製本 サンパートナーズ㈱ 表紙 Nozomi Hoshikawa 本誌の全部または一部を視覚障害者やこのままの形では利用できない方々のために、非営利の目的で点訳、音訳、拡大複写することを承認いたします。 その場合は、共用品推進機構までご連絡ください。 上記以外の目的で、無断で複写複製することは著作権者の権利侵害になります。