インクル152号 2024(令和6)年9月25日号 特集 当事者団体と共生社会 Contents 当事者団体とその役割 日本障害者協議会代表 藤井克徳さんに聞く 2ページ 一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会(JPA) 4ページ 全国SCD・MSA(脊髄小脳変性症・多系統萎縮症)友の会 5ページ 公益財団法人いしずえ サリドマイド福祉センター 3名の理事にうかがったこと 6ページ 生まれつき手足にある障害とバリアフリー 7ページ 肢体不自由者更生施設退所者の会 戸山土曜会 代表 福田彰さん 8ページ おでかけサポートカード(失語症版) 9ページ 筋萎縮性側索硬化症(ALS) 一般社団法人 日本ALS協会(Japan ALS Association:JALSA) 10ページ キーワードで考える共用品講座 第142講 11ページ 優生保護法裁判―最高裁判所大法廷での歴史的勝利 12ページ 視覚障害者の相談から仕事と訓練の場の30年 13ページ 『銀行におけるバリアフリーハンドブック』の改訂について 14ページ 迷いの正体 15ページ 事務局長だより 16ページ 共用品通信 16ページ 2ページ 当事者団体とその役割 日本障害者協議会代表 藤井克徳(ふじいかつのり)さんに聞く はじめに  国連で障害者権利条約制定に向けた第1回会議の後半に、国際障害同盟(IDA)の代表が「私たち抜きで、私たちのことを決めないで(Nothing About Us Without Us)」と強く主張し、その主張は最後の審議まで守られ、条約の制定につながりました。 その場に参加していた日本障害者協議会の代表、藤井克徳さんは、「胸のすく思いだった」と振り返ります。 今回、当事者団体を特集するにあたり、藤井さんに当事者団体とその役割に関してうかがいました。 当事者とは? 「当事者団体」と辞書でひくと「社会問題をかかえる個人(当事者)らが結成した社会的な団体を指す」とありますが? 藤井:日本で当事者というと、障害のある本人であり、意思表示をしにくい人に限っては家族も含まれます。 その当事者が集まってできたのが障害者団体ですが、2004年に発足した日本障害フォーラム(JDF)には、障害者本人の団体はもちろんですが、家族の団体や支援団体も2団体含まれています。 障害分野の「当事者」についてはいろいろと議論があろうかと思います。 日本の場合は、民法によって生涯にわたり家族間で扶養し合うことになっています。 他方、オランダなどでは21歳になると、家族扶養から社会扶養に切り替わります。 本人に何かあった場合に、社会による支援が基本になるのです。 こうした「扶養義務」のあり方によっても、「当事者」の概念は変ってくると思います。 当事者団体の役割 藤井:JDFに加盟する11の当事者団体の中には、単一の障害のみの団体もあれば、複数の障害が参加している団体もあります。 また、当事者と支援者が参加している団体もあります。 目的も多岐にわたっています。 当事者が主体となり、自分が経験して取得したことを、後から同じ障害になった人に伝える。 日常生活等で「困っていること」を団体として集約し、しかるべ機関に伝えて改善を促す。 自分たちにとって便利なモノやコトの情報を団体メンバーで共有するなどが役割としてあげられます。 合理的配慮  本年4月1日から、障害者差別解消法で謳われている「合理的配慮」が、公的機関に続いて民間事業者にも「義務化」となりました。 藤井:合理的配慮は、障害者に特別な配慮をするのではなく、障害のない人が通常利用できているモノやサービスを、障害者も利用できるよう平等性を確保することです。 もう一つの側面は、個別性、特定の場合においてです。ユニバーサルデザインが、より多くの人の使いやすさを追求しているのに対し、合理的配慮は、個別のニーズに焦点をあてています。 つまりAさん、Bさんが個別のニーズをサービス提供者に伝え、サービス提供者は、過度に費用や人手がかからなければ、そのニーズを建設的対話によってその配慮を提供するということです。  国によって障害者を取り巻く環境は異なっています。合理的配慮を謳っている障害者権利条約は、開発途上国も批准することを想定しています。 そのため、配慮に合理的という言葉が付いたのだと思います。障害者が生活しやすい環境に変わってくれば、合理的配慮の範囲も変わってきます。 そのためには、事業者と障害者間では建設的な対話が重要になってきます。 建設的対話 有効な建設的対話について教えてください。 藤井:例えば「点字メニュー」のない食堂に、視覚障害者が一人で行った時に、「点字メニューがないのは差別だ!」と怒りをぶつけるのではなく、「メニューを読み上げてもらえますか?」と提案するのも建設的対話になりますね。 お互いやりとりは、頭の中だけで考えるのではなく、お互いに相手のことを理解することを試みることが大切です。理解するのを阻む両者に共通するのは自分だけで作り上げた「思い込み」です。 障害者は●●だとか、サービス提供者はみんな●●だといった思い込みは、次のステップにいくことを阻んでしまいます。サービス提供者に多いかもしれないのが「無関心」です。 「自分とは関係ないんだ」とはなから決めつけてしまうことも建設的対話を成立させなくしてしまいます。当事者にも建設的対話に必要なことがあります。 それは、「はずかしい」、「おっくう」という気持ちを「一歩前に進む勇気」で取り払うことだと思います 当事者団体の課題 藤井:全国的に、障害団体のあいだで、「会員離れ」が進んできています。その原因としては、団体の魅力と財政的な問題があります。 それらを打破していくためには、新たな発想が必要になります。 財政に関しては、欧米のいくつかの国では、当事者団体の活動の一部を、公的機関の活動と認め、国から資金が提供されています。 まとめ 藤井:当事者団体は、常に在野の立場であるべきと思っています。そのためには、3つの力が必要です。 一つ目は、自分と異なる意見の人や団体と会話をする「つながる力」、二つ目は、若い世代に経験などを「伝える力」、そして最後は新しい出会いを得るために「動く力」です。 動くと、エネルギーは実は貯まっていくものなんです。 共用品推進機構に一言 藤井:日本において、共用品推進機構は、「つなげる」を実践している貴重な存在です。でも、つながるのに必要な道具は常に磨いておかないと錆びてしまいます。 そのために、常に紙やすりで磨いていく必要があります。その紙やすりの役目をするのが、当事者、当事者団体なのです。 星川安之(ほしかわやすゆき) 写真1:日本障害者協議会 代表 藤井克徳さん 写真2:日本障害フォーラム(JDF)の構成団体 4ページ 一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会(JPA) 一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会 常務理事 辻邦夫(つじくにお) 難病とは  一般に難病とは、治療が難しい病気、不治の病…等の意味で使われ、その数は6~9千種類以上といわれています。  日本では、2014年に「難病法」が制定され①原因不明、②治療法未確立、③希少、④長期の療養が必要、という4要件を満たす疾患が「難病」と定義され、 さらに①患者数が一定の人数(人口の概ね0.1%程度)に達しない、②客観的な診断基準が確立している、等の要件を満たすものを「指定難病」と呼び、現在341の疾患が指定され、治療研究の推進や患者に対する医療費助成などが行われています。  このような難病に対する対策は、「難病は、一定の割合で発症することが避けられず、その確率は低いものの、国民の誰もが発症する可能性があり、難病の患者及びその家族を社会が包含し、支援していくことがふさわしい」との基本認識の下で推進されています。 日本難病・疾病団体協議会(JPA)のなりたち  日本の難病対策は、1972年の「難病対策要綱」から始まり、その後、難病や長期慢性疾患の患者会や各県の難病連が続々と誕生、全国規模の連合体もいくつか生まれる中、 2005年に、大人や子どもの難病、長期慢性疾患の患者会や各県の難病連が一つにまとまった、日本難病・疾病団体協議会(JPA)が結成されました。  現在は、難病、長期慢性疾患、小児慢性疾患などの患者団体及び地域難病連約100団体が加盟・準加盟しています。 JPAの役割  JPAは、「病気や障害による障壁をなくし誰もが安心して暮らせる共生社会の実現」を目指し、全国の難病や慢性疾患の患者・家族の声を集約し、社会へ伝え、働きかけ、必要とされる医療と福祉の拡充のために活動しています。  そしてその活動は、単に難病や慢性疾患対策とどまらず、障害者施策、医療制度、教育、就労、地域、災害、国際連携など様々な分野に拡がっています。 JPAの主な活動  JPAの具体的活動の一つは難病や長期慢性疾患対策の推進を求める「国会請願」です。昨年は約36万筆の署名を集め、9年連続で衆参両院で採択されました。  また、情勢に合わせて国への要望活動を行っているほか、政府の複数の諮問委員会や専門委員会の構成員を務めています。また、難病の根治に向け研究者や製薬企業、他の関連団体や支援機関などと、様々に協働した活動を行っています。  そのほか、厚労省補助事業として、相談室の設置や患者会向け研修会、当事者の調査研究の支援等を行う「難病患者サポート事業」も実施しています。  難病法が成立した5月23日を「難病の日」と定め、啓発イベントを行ったり、毎年秋の難病・慢性疾患全国フォーラムの開催、毎年2月末日の世界希少難治性疾患の日(RDD:レア・ディジーズ・デイ)の後援なども重要な活動の一つです。 最後に  医療の進歩により、根治に至らないまでも、治療を続けながら就労できる患者さんも多くなっています。 社会の中で頑張っている難病等の患者や家族は、皆さんの理解と少しの配慮で大きく勇気づけられます。 ぜひ、難病や長期慢性疾患の患者やその家族へのご支援をよろしくお願いいたします。 画像:一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会(JPA)ロゴ https://nanbyo.jp/ 5ページ 全国SCD・MSA(脊髄小脳変性症・多系統萎縮症)友の会 脊髄小脳変性症とは  脊髄小脳変性症は一つの病気ではなく、小脳、脳幹、脊髄などの神経組織に異常が生じ(変性と言います)、運動失調症状をきたす病気の総称です。 弧発性疾患、50以上の病型がある遺伝性疾患などがあり、原因も様々です。 主な症状は、歩行時のふらつき、手や指の震え、字が書きづらい、ろれつが回らない、眼振(眼が自分の意志と関係なく揺れ動く)筋肉が固くなる、足がつっぱる、起立性低血圧、尿が出にくい、頻尿などです。 多系統萎縮症  多系統萎縮症は、広義の脊髄小脳変性症の中に分類されているものの一つです。 「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」では、別々に難病指定されています。 脳の細胞にαシヌクレインというリン酸化タンパク質が異常に蓄積し、小脳、脳幹の萎縮やその周辺に病変が見られます。 小脳失調症状、パーキンソン症状、自律神経障害の3系統の病変・症候がさまざまな割合で出現する特徴があります。  多系統萎縮症と総称しています。主な症状として、小脳失調症状(複数の筋肉をバランス よく協調させて動かすことができなくなります)、ろれつが回らない、細かい動きがしにくい、足のふらつきなどがあります。 友の会  本会は、脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の患者・家族のための①支援事業、②相談事業、 ③情報提供事業、④脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の原因究明と治療法の確立を目指す医療機関との協働事業、⑤疾病の啓発事業、⑥各地患者会の連絡と支援事業の6つの事業を行う団体です。  次に同会代表のメッセージを紹介します。 代表者からのメッセージ  「弊会は脊髄小脳変性症と多系統萎縮症の患者・家族で構成する団体です。 1976年10月に脊髄小脳変性症の病名で難病指定を受け、NHK教育テレビに出演した患者(故人)が全国の同病者に患者会設立を呼びかけたのを機に、1977年、前身となる『全国SCD友の会』が結成されました。 数人でスタートした患者会も2008年11月には特定非営利活動法人の認証を受け、『全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会』と名称を改め、2019年3月には認定特定非営利活動法人の認証を経て現在に至っております。 国内に約30の患者会がありますが全国統一組織ではありません。何処にいても、誰一人取り残されることなく、同じ水準の医療・福祉サービスが受けられる『暮らしやすい社会作り』『正しい情報の提供』を目指し、患者・家族の拠り所でありたいと活動しています。 患者・家族の皆さま、会員・非会員に限らず問い合わせやご相談に対応しておりますので、一人で抱え込まないでお声掛けください」と、呼びかけています。 活動  同会の活動は幅広く、事務局で生活相談を行い、年6回発行の会報では、専門医による医療情報や患者さんの生き方や日々の暮らしを伝え、隔月開催の交流会(集会形式・オンライン)では体験を共有し、共に考える事で患者・家族の療養生活を支えています。 また、毎年医療講演会・相談会を開催し、病気の最新情報をお伝えすると共に、専門医による相談会を行っています。  そのほか、各地の患者会と共に厚生労働省に陳情を行い、治療薬の開発や療養環境改善の働きかけも行っています。 星川安之   画像:特定非営利活動法人全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症 友の会ロゴ https://scdmsa.tokyo/ 6ページ 公益財団法人いしずえ サリドマイド福祉センター 3名の理事にうかがったこと いしずえ  公益財団法人「いしずえ」の理事は全員サリドマイド被害者である。 ドイツで鎮静・催眠剤として開発されたサリドマイド剤を、1958年以降、日本の製薬会社複数が国内で販売した。 その薬を妊娠中に服用した母親からサリドマイド胎芽症という手、耳、内蔵などに先天性の障害のある子ども達が多数生まれた。 63年から被害者と家族は、責任の所在および補償を求め国及び製薬会社に対して民事訴訟を提起した。 その結果、和解が成立し、被害者家族全員に、損害賠償金と共に、各種福祉政策が約束された。 しかし、サリドマイド被害者・家族のかかえる問題は多岐にわたり、かつ長期化する。 そのため政府、自治体、専門家から広く支援を受ける必要があるため74年12月いしずえが設立された。 被害者の特徴  サリドマイド被害者といっても、さまざまな身体特性がある。 手が短いといっても各自によって程度が異なる。 不便さは、年齢があがるに従って明らかになってくることも多い。 聴覚に障害のある人が約3割おり、顔面神経麻痺を伴うため顔の表情が作れない人が多い。  今回、日常生活でのモノやことについて、同財団の佐藤嗣道(さとうつぐみち)理事長、堀内淳一(ほりうちじゅんいち)常務理事、板山リエ(いたやまりえ)理事の3名にうかがった。 日常生活の不便さと工夫  日常生活では、ペットボトルの蓋。開けやすいものと、開けにくいものがある。 本体が柔らかいと片方の手で押さえられないため、蓋をあけることができない。蓋に遊びがないものも開けにくい。 自動販売機は、コインを入れる位置が高いと入れにくく、出てきた飲料のふたを開けて取り出せない人がいる、と佐藤さんが教えてくれた。  板山さんは、手のひらを広げて上を向けることが困難なため、店での会計時、店員から小銭を受け取ることが困難なこと、その点セルフレジのお釣り返却では、手のひらを下向きにできるためお釣りが取りやすいこと、 決済をスマホの画面を見せながらおこなうために、スマホの裏に輪っかを取り付け、そこに指をとおして保持し、店員に示していると教えてくれた。 購入した商品をエコバックに入れるには、品物を置き袋に移し替えるための台(サッカー台)が必要なため、サッカー台がない店では、買い物をあきらめることが多い。  堀内さんも、「輪っか」は生活の必需品と言う。 料理をする時に、フライパンの柄を握ることが困難なため、柄の部分に自転車に傘を取り付ける時の機器の輪っかの部分を取り外し、フライパンに取り付け便利に使っていること、 鮎釣りにいった時、釣れた鮎をすくう時の網を持つ棒にも、「輪っか」を付け、その穴に指をいれ自分で使えるようにしている。 みんなのくるま  同会では手での車の運転が困難な人のために足でハンドル操作ができるように改良した車を普及する「みんなのくるま」というイベントを開催し、四肢障害の子ども達に、将来、運転が夢ではないことを示している。 思い込みが…  「リュックは前に抱えてください」という車内アナウンスは、台に置かないと後ろから前に変えることができないため、自分たちにとっては厳しい問いかけ。 「せめて『可能な人は』を加えてもらえたら」と堀内さんは言う。  「蕎麦屋で指の間に箸を挟んで食べていると、店員さんからフォークを差し出されることがあるが、健常者にとってフォークのほうが食べやすいだろうか。 蕎麦は慣れた箸で食べる人がいることを知ってほしい」と佐藤さんが最後に伝えてくれた。  周りの思い込みでなく、共同で解決すべきことが多くあると3名と話し痛感した。 星川安之 7ページ 生まれつき手足にある障害とバリアフリー 先天性四肢障害児父母の会 広報担当  先天性四肢障害児父母の会は1975年に設立され、現在約600家族の会員と約200人の賛助会員で構成されています。 生まれつき手、足、耳などに障害がある子どもをもつ親と本人が参加しています。 四肢の障害といっても、個々人の障害は様々で、欠損箇所が腕や脚全体のこともあれば、肘から先、足の甲から先、何本かの指など、十人十色です。どのような障害かで、本人の「不便さ」も違ってきます。 手足を専門とする整形外科や形成外科にかかることが多く、手術により症状の改善を図ることもあります。 足の障害と工夫  足の障害の場合は歩行ができるかどうかが大きな問題となります。義肢装具士と相談して義足を作ることも多く、自立が難しい場合は車椅子などを用意することもあります。 義足は成長とともに長さを調節する必要があるため何度も作り直すことになります。 また、手や足に障害があっても運転できるように車両を改造することもあります。  現在でも学校、道路、駅、建物内などで移動が制限される場合があり、バリアフリー化が進むことが求められます。 手の障害と工夫  手の障害の場合、欠損している手や指の程度に応じて、できること/できないことに幅があります。 日常生活の中には、片手では難しいこと、親指がないと難しいこと、五指があることが前提となっていることなどがあり、体の別の部位を工夫して対応したり、道具を利用したり、他人に協力してもらったりと、個々人が自分の障害に応じて様々な工夫を凝らしています。 会員同士で自身の工夫を見せ合ったり、教え合ったりしています。 例えば、通常のリコーダーを演奏することは難しくても、リコーダーの管体をいくつかに分けて穴を回転させたり、1つの指で複数の穴を押さえる器具をつけたりすることで演奏できるようになります。 他に、通常の自転車ではブレーキを握れない場合に、指ではなく手のひらでブレーキを操作するパームブレーキバー(PMT製)を利用して自転車を運転することができます。 心のバリアフリーに向けて  生まれつきの障害ということもあり、残っている手足や様々な道具を器用に使って、親や周りの大人が思うよりも「できる」ことも多く、その柔軟さ・力強さに驚かされます。 一方で、障害に対する無理解から偏見・差別の目を向けられることもあり、物理的なバリアフリーだけでなく、心のバリアフリー化が進み、障害があってもなくても住みやすい社会になることを願っています。 写真1:右足が不自由なため左アクセルを設置した車両。家族は右アクセルを使用。使わない方を上に格納できる 写真2:回転笛と改造笛 8ページ 肢体不自由者更生施設退所者の会 戸山土曜会 代表 福田彰さん  「水泳のクロールで泳ぐコツは、息を中途半端ではなく『しっかり息を吐くこと』です」と教えてくれたのは、戸山土曜会の代表 福ふくだ田彰あきらさん67歳です。 福田さんは小学生の時から水泳が得意で、大会に出場しては常に上位の成績を収めていました。 転機(1)  学校を卒業し大手家電メーカーに就職、水泳で鍛えた経験を活かし、仕事でもその力を発揮していました。 転機が訪れたのは平成15年12月、夜の11時頃、自宅で仕事中に倒れ、15日間意識がない状態になったのです。 原因は脳内出血、急性期の状態で入院、5か月後の退院後は東京都障害者福祉センター(以下センター)に入所、7か月間、生活訓練、職業適性訓練を行いました。 しかし、倒れてから3年間、言葉を発することが全くできませんでした。失語症になっていたのです。  センターで行ったリハビリでの「白い紙にひらがなの『あ』を書くという課題に対して『あ』と書けなかったと言います。しかし、新聞は読めていました。  外出のリハビリも、最初怖くて仕方なかったと言います。言葉がでないので、理学療法士(PT)がついてきてくれるのですが、最初はPTについてバスや電車に乗るだけでした。 その後、奥様やPTの人たちがコミュニケーションに必要な文字を書いたカードを作ってくれたので、ケースに入れ首からぶら下げ外出しました。  最初は、PTに同伴してもらいバスの運転手や、駅員にそのカードを見せ、通じることがわかると、一人で交通機関を利用できるようになりました。 そのカードには、「〇〇に住んでいます」、「新宿にいきたいです」などを書いてもらっていました。そのカードも大きな力となり、声が少しずつ出るようになったのです。 転機(2)戸山土曜会の発足  福田さんは、声が出るようになることを失語症になったばかりの人たちに伝えようと考えました。  センターの人に話すと、会議室を貸してくれることになり、第2土曜日に会合を開きました。普段誰にも言えない悩みも、同じ仲間の前では伝えられます。 そしてそれぞれが行っている工夫も、一人の工夫がみんなの工夫に広がっていったのです。最初5人で始めた会はすぐに30名を超え、センターの会議室では手狭になりました。 30人以上が利用できる会議室は、王子にある東京都障害者スポーツセンターに見つかりました。ここには、福田さんの得意な水泳ができるプールもあります。 今までの会合での「話し合い」だけではなく、希望があれば水泳もできる環境になったのです。  福田さんは、失語症の仲間に「水泳を教える」役目も担っていったのです。教える時には、言葉で伝えることになります。 人に伝えたいことがあると、話すことにさらに一生懸命、努力しました。 その努力は、日に日に話すことが以前に戻っていくのを実感していきました。 発展  今、戸山土曜会には、200名が参加、毎回のお知らせは「はがき」で行っています。 そして、退所したばかりの人を対象に第2土曜会も発足し、軽い運動を楽しみながら行っています。  福田さんが経験したことを、一人で抱え込まず後輩に伝えるのに「話すこと」は、大きな強みになっています。 星川安之 写真1:戸山土曜会のメンバー 9ページ おでかけサポートカード(失語症版) 株式会社 アイ・デザイン 児山啓一(こやまけいいち)、王城向葵(おうじょうひなた)  東京高次脳機能障害者支援ホーム、三園福祉園、アイ・デザイン、共用品推進機構が、交通エコロジー・モビリティ財団の支援を受け、失語症の人たちが使うおでかけサポートカードを検討、作成し、7月19日(金)にその報告会が開催されました。 カードの特徴  コミュニケーションを支援するためのボードや支援カードには、聴覚障害者用、知的障害者用、一枚のシート、リング式など、いろいろな用途と種類があります。 失語症の方がどのようなコミュニケーション支援ツールを必要とされているかを調査したところ、パスケースに入れたり、ヘルプマークと一緒にリングで繋いで持ち歩くことが多いことがわかりました。 また、失語症の症状は十人十色であることから欲しいカードの内容は様々で、決まったデザインを用意しただけでは使えないこともわかりました。 さらに、カードを作る際には、時間と手間がかかることが問題との指摘もありました。 そこで、マイクロソフトのワードでメッセージを作り、それを自由にカスタマイズして、ご家庭のプリンターで印刷する方法を考えました。 サポートカードの仕様 ・大きさは交通系ICカードやヘルプマークと同じです。 ・カードは合計二十種類あり、A4台紙2枚に十種類ずつレイアウトされています。 ・台紙には用途別に見出しがついていて、その中から必要なカードを選択して使います。 ・カードにはイラストと基本メッセージが載っています。 ・基本メッセージは、プルダウンメニューから目的に合ったメッセージを選べます。 ・基本メッセージの文字は、自由に編集できます。 デザインのポイント  調査の結果、当事者の三分の二の方が「文字と絵」を希望されていました。 そこで、カードは文字とイラストの組み合わせにして、イラストはカードを選択する際のアイキャッチとして役立つように、ピクトグラムと絵の中間的な位置づけで作ることにしました。 また、すべての年代が使いやすいよう、特定の年齢を感じさせないモチーフを採用しています。  文字情報はカスタマイズ可能ですが、簡潔な表現による定型文を使用することで、やがては誰もが使いやすい共用品・共用サービスツールとして認識されることを期待しています。 サポートカードの入手方法  失語症の方向けのおでかけサポートカードのデータとカスタマイズの方法及び失語症の解説書は、 認知症の方向けのデータとともに、どなたでも交通エコロジー・モビリティ財団のウェブサイトより、ダウンロードすることができます。 https://www.ecomo.or.jp/barrierfree/support_card.html 写真1:おでかけサポートカードの台紙 写真2:プルダウンメニューの例 10ページ 筋萎縮性側索硬化症(ALS) 一般社団法人 日本ALS協会(Japan ALS Association:JALSA) 一般社団法人 日本ALS協会 岸川忠彦(きしかわただひこ) ALSとは  筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動神経系が少しずつ老化し使いにくくなっていく病気です。 運動神経系の障害の程度や進行速度は個々の患者さんでみな異なっています。 知覚神経系は障害されないと言われています。 長い間、発症後3~5年で生じる呼吸筋麻痺で亡くなる病気とされてきました。 現在では呼吸の補助機器、経管栄養、胃ろうなどの医療の発達や支援制度の充実により、長期に療養することが可能です。 呼吸の補助機器を使用しながら療養している患者さんでは、会話による意思疎通が図りにくくなることもありますが、残っている他の運動機能系を用いた意思伝達装置で意思疎通することが可能となっています。 日本ALS協会  協会は「ALSと共に闘い、歩む」ことを趣旨とした非営利団体として1986年に設立され、現在の会員数はおよそ3700名、全国に40の支部があります。 会員は患者・家族・遺族が中心ですが、医療職、介護関係者、行政職員、研究者、一般市民も数多く加入しています。 協会の基本方針  協会は一貫して、「患者が安心して療養できる医療・福祉の確立」と「病気の原因究明・治療法の確立」を中心に据え活動しています。これまでは「ALS基金」を通して、病因究明や治療法の開発研究者に対する研究助成を行ってきましたが、 近年は、「福祉機器等の開発研究」や「療養支援活動」への助成にも力を入れています。 療養環境改善  協会は療養環境改善のための様々な法整備を実現しています。介護ヘルパーによる吸引等の制度化のために、全国各地で署名活動を展開し、およそ17万8千筆の署名を集めて、患者家族が自ら当時の厚生労働大臣に手渡しました。 その後も医療的ケアの必要性を訴えるキャンペーンを全国各地で継続した結果、今では喀たん吸引等の制度ができて介護ヘルパーも安心して吸引等の行為ができるようになっています。  在宅代筆投票制度の改善も、在宅療養中の患者自身が問題提起し、原告となって国を訴え、議員立法による法改正を導き、獲得した成果です。 国際連携  協会は、ALS/MND国際同盟の創設に関わった主要な加盟団体として、40カ国以上の患者団体と協力して、病気への理解を訴え、これを克服することに取り組んでいます。 協会の活動  協会では、5つの部会を設け活動しています。 ①企画調査部会は、難病法施行後のALS患者・家族の療養上の問題点を調査し政策提言を行っています。 ②啓発広報部会は、ALSに関する啓発キャンペーン活動、機関誌「JALSA」の発行、ホームページ・SNSによる情報発信の他、セミナーへの講師派遣も行っています。 ③研究助成部会は、ALS基金による病気の原因究明と治療法確立、看護及び介護の向上と福祉機器開発等に関する研究助成を行っています。 ④組織渉外部会は、国・自治体へのALS療養環境の改善に関する働きかけや、難病団体・障害者団体、ALS/MND国際同盟との交流などに取り組んでいます。 ⑤療養支援部会は、患者・家族への療養支援活動として、ケア講習会の開催や意思伝達装置の貸出を行っているほか、ALS相談対応、制度改革への意見参加などを行っています。 今後  協会は設立から38年たったいま、ALSに限らず難病患者・障害者の社会環境の改善も目指して活動をしていきます。 11ページ キーワードで考える共用品講座 第142講 「当事者団体と共用品・共用サービス」 日本福祉大学 客員教授・共用品研究所 所長 後藤芳一(ごとうよしかず)  最高裁による旧優生保護法の違憲判決(7月)は、主題である障害者の権利の回復とともに、当事者団体の活動として画期的な成果になった。 改めて当事者団体の意味を考えよう。当事者団体には「当事者」と「団体(組織化)」という2つの意味がある。 1.団体であること  組織化には、利点とコストが生じる。利点は、不便さのある人どうしが連帯する、活動の核を作ることで力を結集できる、同種の不便さを持つ人たちを代表する存在として数の力と普遍性を持つ、 それによって組織(例:行政や企業)を動かし、社会を変えられる。活動の向かう先は団体内部(I)と外部(O)がある。  コストは、公約数を求めるために個々の事情を直接には反映できないことがある(「トレードオフ」)、合意の形成に時間と労力を要する(「調整コスト」)。  コストを超える利点を見つける必要があり、それに対する集団としての合意を要する。 団体の性格はメンバーの属性や活動の目的(X)と取り巻く環境(例:障害への認識、民主主義の浸透度、社会体制)(Y)、つまりはI/OとX/Yの組合せによって決まる。 2.当事者について  「当事者」とは一般に、障害者本人を指して用いられてきた。ただ、社会の意識の高まりとともに、伝統的な障害者の周りにも当事者はいるという理解が拡がっている。 「生きにくさ」と言いかえれば、子ども・若者、女性、高齢者、貧困、LGBTQ、解明が進みつつある疾患(例:精神)、病名のつかない疾患、外国人など。多くの人が何らかの当事者である。  生きにくさが生じる原因で分けると、先天的・周産期、疾病、受傷・薬害、加齢、社会経済的要因(例:貧困、過疎地、環境整備の不足)など医学モデルから社会モデルまで幅広い。 よって原因や属性ごとの活動を求心的に行うと、個別の事情を反映できる一方、他の分野の知見を活用できず、分断を生じることもある。 3.当事者団体について  組織化は当然にできるわけではない。進むには、1で触れたコストを克服できることが必要であり、それ以前に当事者が意思表示できること、難しい時は支える仕組みがいる。 成果を得る前にコストが生じることも多い。そうした状況で活動を続ける必要がある。  それには、針路を示して導くリーダーシップ、個々のメンバーに対する支え(例:エンパワメント、精神の分野ではアドボケイト)、社会の側の意識や理解が必要だ。 その結果として成果が得られれば、成功体験として次の取組みの自信になる。 調整のコストに耐えて踏み込んだ活動を可能にする。国連障害者権利条約の締結と障害者差別解消法の制定の過程では障害種別を超えた連携が行われた。 旧優生保護法の最高裁判決は、個々の粘り強い活動と、それをたばねる団体の意義を示した。1つ1つが歴史の積み上げになって、今後の取組みを後押しする。 4.共用品・共用サービスの役割  共用品・共用サービスも役割の一旦を担ってきた。 幅広い利用者が使えることで不便さ対応のすそ野を広げた。バリアフリー化が進んだことで街で機器を見るようになり、当事者の社会参加が増えた。 こうして、社会にとっての「当たり前」の水準が上がった。  障害者権利条約をめぐる国連の総括所見(2022年10月、締約国である日本について、国連が取組みの状況を評価)で、アクセシビリティ関係は一部の課題は指摘されたものの、総じて肯定的な評価を得た。 旧優生保護法をめぐる最高裁判決で原告が勝訴したのは、障害者の権利をめぐる当たり前の水準が上がったことが一因といえる(司法の判断は、法律の理論的解釈とともに、その時の社会情勢や国民の意識を反映する)。  共用品・共用サービスは、①すそ野を広げて当事者団体の活動を支え、②当事者の属性に関わらない組織ということで、団体活動のもう一つのあり方を実践している。 12ページ 優生保護法裁判―最高裁判所大法廷での歴史的勝利 弁護士 藤木和子(ふじきかずこ)  2024年7月3日、最高裁判所の大法廷にて、歴史的な判決が出された。 優生保護法が制定された1948年から76年の時を経て、ついに国の賠償責任が認められた。 優生保護法とは  1948年に制定された優生保護法は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的に掲げた法律である。 1996年に母体保護法に改正されるまでの間、障害のある人等に対して、不妊手術が約2万5000件、人工妊娠中絶が約5万9000件、合計約8万4000件もの手術が実施された。 国の通知により、騙し、身体拘束、麻酔薬の使用が許容され、戦後最大規模の重大な人権侵害である。  被害者が国に損害賠償を求める裁判が2018年に始まり、39名の原告が全国で立ち上がった。 各地の地裁と高裁では、優生保護法は個人の尊厳を著しく侵害し、憲法違反だと判断されたが、国の賠償責任を認めるかどうかについては判断が分かれていた。 「時の壁」を克服  判断を分ける最大の争点は、不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」(改正前民法724条)の「時の壁」だった。 除斥期間を適用しない「例外」だとするかどうかで判断が分かれた。  最高裁は、優生保護法による被害と国の責任が極めて重大であり、20年の除斥期間が経過した後に裁判が提起された一事をもって、国が賠償責任を免れるのは、「著しく正義公平の理念に反し、到底容認することができない」として、除斥期間は適用しないと判断した。  人権保障の最後の砦としての役割を果たされた裁判官15名に深い敬意を表したい。 首相の謝罪 着実に前へ  最高裁判決後、7月17日には、首相が原告団に謝罪した。私自身も聴覚障害のある弟と育ち、家族として差別偏見を受け、結婚や出産についても悩んできたが、今回の勝訴判決と首相からの謝罪を経て、そのような差別偏見は社会の責任だったのだと改めて実感した。 首相は偏見差別のない社会に向けての決意を語り、全閣僚による会合も開かれることになった。最高裁の勝訴判決がもたらした信じられない程に大きな前進である。  ただ、今回の判決は、勝利の喜びとともに、「ここまで頑張らなくてはいけないのか…」という思いも強い。 先が見えない状況のなかで続けることがつらくなり、道の険しさと自分の弱さを痛感した。 そんな私でも迎え入れてくれた原告団の懐の深さに感謝している。 差別・偏見のない社会を実現するには、そのような寛容さと体力が必要だと感じた。 それこそが正しさや強さではないだろうか。常に前を向き続けた原告団が勝ち取った勝利を誇りに思う。39名の原告は60代~90代の高齢で、6名が裁判中に亡くなってしまったのは無念だが「生きた証」を遺してくださった。 天国で見守り喜んでくださっているだろうか。優生保護法問題の全面解決、そして、差別・偏見のない社会、生きる喜びにあふれた社会の実現に向けて、一歩一歩着実に前に進んでいきたい。 写真:最高裁勝訴 13ページ 視覚障害者の相談から仕事と訓練の場の30年 NPO法人六星(ろくせい)・ウイズ 相談役 斯波千秋(しばちあき) ウイズは〝みんなで一緒に〟  ウナギとみかんで有名な浜松市に、平成8年に全国で初の視覚障害者中心の小さな作業所が開設しました。 法人名の六星(ろくせい)は、視覚障害者の指先などで読む日本点字の翻案者である浜松出身の石川倉次(いしかわくらじ)が晩年に揮毫された『六星照道』「六つの星・点字が視覚障害者の生きる道を照らす」からいただきました。 施設名はウイズ。開設前の話し合いで浜松盲学校の中学生の女子が「英語の授業で習ったWITHは一緒にだからピーンときた」と提案し命名。 現在浜松市内の3ヶ所の事業所に18歳から89歳までの60名超が送迎もありますが、電車やバスで通い仕事やお楽しみ、そして視覚障害リハビリを提供する拠点となっています。 職員は16名でそのうち3名が歩行訓練士、2名が点字指導員で就労継続B型と生活訓練の2事業を楽しく元気にやっています。 訓練事業は隣県の愛知県東部まで担当しています。仕事は主に浜松市の発行する広報誌や全国から受注する企業や個人の名刺、そしてトランプなどへの点字印刷です。 また、印刷に使った金属原版や点字印刷物は再利用し犬や猫、富士山などのマグネット製品となります。白杖をはじめ視覚障害者の使う福祉機器も製造から販売までが仕事です。 色々な作業には、視覚を使わず安全確実に仕事ができるように工夫された〝治具〟がたくさんあり、ウイズの宝物です。 また、啓発活動として福祉や障害、点字や盲導犬などをテーマにウイズ利用者と一緒に楽しい出前授業も大切な仕事です。 30年続く白杖づくり体験合宿  私の本業は白杖をはじめとする福祉機器の開発製造です。 ウイズ開設前から「自分の使う白杖は自分で作ろう!」と全国に呼びかけ、実施した2泊3日の白杖づくり体験合宿は人気イベントで30年続いています。 繰り小刀やヤスリを使い、工夫を重ね5段の折り畳み白杖を作るのです。 当初からJICAや盲留学生の研修にも取り入れられ、150名以上の海外の視覚障害者が体験しています。 生活訓練事業も大忙し  近年の急速なICTの進歩により、スマホ一台で読み書きと移動の不自由がある程度解消できるようになりました。 ここでまた使える人と使えない人との情報格差が生じます。 ウイズで印刷する広報誌も簡単な見出しが多くなり「詳しくはQRコードを開いてください」となり、スマホを使えない人は内容にアクセスできません。 情報差別、障害者差別になります。 情報発信する側は受信する側のことを考えなくてはいけないのです。 ウイズでは2年前に浜松駅前のビルを借り、白杖歩行からスマホなどの訓練と福祉機器の展示・体験、そして給付手続きまで行う第3ウイズを開設しました。 交通アクセスが良いので市外の方も利用され喜ばれていますが、家賃が高く赤字経営なので困っています。 これからのウイズは  ウイズは断らない、できないと言わずにどうすればできるかを考えます。 ウイズに行けば何とかなると言われる様になりました。 人生の途中で光を失い、絶望の淵にいる人は多いのです。 全国にウイズのような小さな施設がたくさんできることを願っています。 写真:ウイズかじまちでの展示品 14ページ 『銀行におけるバリアフリーハンドブック』の改訂について 全国銀行協会パブリック・リレーション部 三澤正明(みさわまさあき) 河野智行(こうのともゆき)  一般社団法人全国銀行協会(会長:福留朗裕(ふくとめあきひろ) 三井住友銀行頭取)(以下「全銀協」という。)は「銀行におけるバリアフリーハンドブック」(以下「ハンドブック」という。)(※)を本年7月に改訂いたしました。 改訂に当たっては、認定NPO法人日本障害者協議会の増田一世(ますだかずよ)常務理事監修のもと、共用品推進機構に全面的にバックアップしていただきました。 そこで、ハンドブック改訂の経緯、趣旨などについてご紹介いたします。 ※会員行限りの取扱いのため、一般公開しておりません。 全銀協の活動とハンドブック改訂の経緯  全銀協は、国内で活動する銀行、銀行持株会社および各地の銀行協会を会員とする組織(今年8月現在の会員数:241会員)で、決済システム等の企画・運営のほか、SDGs/ESGに関する取組みなどの事業も行っています。  SDGs/ESGに関する施策の一つとして、ユニバーサルデザインやバリアフリーの推進にも積極的に取り組んでおり、2006年に銀行の窓口などで行員がバリアフリーサービスを向上させるためのハンドブックを制作しました。 このハンドブックには、接客時の心構え、コミュニケーションの方法、必要な配慮等が記載されています。  その後、2011年に改訂しましたが、2024年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律」が施行されたことから、同法改正の内容や社会情勢の変化等を踏まえて、同年7月にハンドブックを改訂するに至りました。 ハンドブック改訂の趣旨と全銀協における今後の取組み  改訂に当たっては、同法改正により、銀行を含む民間事業者においても障がいのある方への「合理的配慮の提供」が義務化されたことを受け、銀行における「合理的配慮の提供」として考えられる事例について、場面を想起しやすいようイラストも交えて追記しました。 また、さまざまな障がい者団体からお伺いした改善点やご要望を、可能な限り反映し、障がいのある方への応対に関する記述を大幅にアップデートしました。  全銀協においては、障がいのある方や高齢の方などの特性や必要とされる配慮について、会員行からの実務上の知見を踏まえたほか、共用品推進機構を通じて各障がい者団体への丁寧なヒアリングを行うとともに、近年の障がいに対する考え方も勘案したうえで、記載事項の調整を図っております。 共用品推進機構に改訂作業全体を通してご協力を賜るとともに、日本障害者協議会 増田常務理事にも監修いただくことで、当事者の方々の目線に立った改訂ができたと考えております。 関係者の皆さまに、改めて御礼申しあげます。  障がいの態様は多種多様であり、画一的に対応できるものではなく、それぞれの場面に応じた柔軟かつ丁寧な応対が不可欠です。 障がいを理由に銀行取引における事務手続きなどを単独で行うことが困難な方に対しても、障がいのない方と同等のサービスを提供する必要があると考えております。  ハンドブックが、会員行における障がいのある方への場面に応じた応対の参考となり、積極的なバリアフリー活動推進の一助となれば幸いです。 写真:『銀行におけるバリアフリーハンドブック』(全国銀行協会) 15ページ 迷いの正体 長崎北高校3年 山野里紗(やまのりさ) UDを学びたい  私は高校2の時、人生で一番緊張する状況にいました。 それは、一人でやってきた異国の地で見ず知らずの人に話しかけようとしていたからです。 きっかけは、ユニバーサルデザイン(UD)について学びたいという強い気持ちからでした。 そして、1年前の高校2年の時、「トビタテ!留学JAPAN」というプログラムを利用してUDを学ぶためカナダのバンクーバーに約1カ月留学したのです。 きっかけとバンクーバー  UDを学びたいと感じた原点は曽祖母の存在にあります。 介護なしでは生活できない曽祖母の姿を幼い頃から目にし、疑問に思ったことがありました。 それは、自宅に設置されていた手すりが、逆に曾祖母の生活を不自由にしていた点です。 車椅子で生活していた曽祖母にとって手すりは通路を狭めるモノとなっている、バリアフリーなものが逆に障壁になっているという思いがけない問題に直面しました。 この経験は私がUDの本質を考える原動力となりました。  このきっかけはUDを学ぶには多角的な視点から知る必要があると感じ、冒頭の街頭インタビューを行いました。 行ってみると車椅子ユーザーや高齢者も含め、様々な国籍、年齢の人のほとんどがカナダは過ごしやすいと答えたのに対し、ある視覚障がい者がバンクーバーはとても不便だと答えました。 車椅子ユーザーを過ごしやすくするための点字ブロックがない平坦な道は視覚障がい者にとって、とても危険であるという理由からでした。 日本で曽祖母の姿を見て感じた現在の社会環境の在り方の違和感を、UD先進国であるカナダでも感じたことは衝撃であり、あらためて全ての人が過ごしやすい社会を作る難しさを実感しました。 中学生に伝える  この経験を活かしたいと思い、帰国後は車椅子をはじめとしたUDについて、自分ゴト化して考える機会をより多くの人にして欲しいという思いで、友達と中学生向けの車椅子体験会を開催しました。 結果としては成功だったのですが、あるモヤモヤが残りました。 それは私の活動が逆にUDと中学生との間に壁を作ってしまったのではないかという疑問です。 自分の活動を客観的に見たときに自分の行っていることと目指したい社会像のずれを感じていました。 しかしそんな時、日本障害者協議会(JD)を通じて共用品推進機構の星川安之さんとお話しをする機会をいただきました。 そこで自分の活動ついて意見交換をさせていただき、それをきっかけに今、定期的に様々な方との交流をする「つながる会」を開催しています。 これからのこと  このように様々な経験を経た私の今の感情を表すのなら「迷い」です。 ただこれは決して負の感情ではありません。 なぜならこれは様々な人と考え、話す中で未来の可能性や自分の好奇心がどんどん未知の方向に広がり、何からしようか悩むが故の迷いだからです。 その迷いを大切にしつつ、これからもたくさんの人々との繋がりを大切にしながら知識を蓄積し、インクルな社会醸成に貢献する大人になれるよう一歩ずつ着実に成長する努力をします。 どうか応援してくださると幸いです。 写真1:車椅子バスケットボール親善試合 写真2:街頭インタビューで仲良くなったメキシコ人の夫婦 16ページ 当事者団体 【事務局長だより】 星川安之  「当事者団体」をネット検索すると645万件ほどがヒットする。 障害ごとの団体、複数の障害の人の団体、異なる障害者団体をまとめる団体、支援者だけの団体、家族と障害当事者の団体、それに支援者、関係機関が参加する団体、これでも書ききれないほどの種類の団体が存在する。 さらに、海外の団体とつながっている団体、国際的にも同じような分類ができる。  それぞれが目的をもち、事業計画、予算案をつくり活発に活動している様子が、ホームページからもうかがえる。  私が障害者団体をはじめて意識したのは、1981年、視覚に障害のある人たちのおもちゃやゲームの開発を行っている時だった。 盲人用具の普及・開発・販売を行っている日本点字図書館(日点)と共に立ち上げた「日点ゲームを楽しむ会」に、毎回笑顔で参加してくれた河辺豊子(かわべとよこ)さんの所属が「日本盲人会連合(現 視覚障害者団体連合)だった。 偶数月の第2日曜日、2~5時のゲーム会は、笑いと歓声のうちにあっと言う間にすぎ、その後は近くの食堂で会食がお決まりのコースで、河辺さんの所属する団体が、誰になにをどんなふうに行っているのか、その会合を通じて自然と理解していった。 その会食には邦楽家の冨田清邦(とみたせいほう)さん、河相富貴子(かあいふきこ)さん、厚生省の役人だった吉泉豊晴(よしいずみとよはる)さん、鍼灸師の玉津島一誠(たまつしまかずのぶ)さん、バイオリニストの和波孝禧(わなみたかよし)さんなど、 視覚に障害のある人が多く参加してくれ、見える、見えないの境目をみごとに取り払ってくれた。 見えないの境目とは、勝手に見える自分が作っていた「思い込み」である。 持っていても何の役にもたたない「思い込み」を、当事者団体に所属する人たちから、自然と学ばせていただいたのである。  その後、視覚障害者300名に対しての「日常生活における不便さ調査」も、当事者団体に協力を得て実施することができた。 さらに、聴覚障害、肢体不自由、知的障害、高齢者、精神障害など、多くの調査では、それぞれの当事者団体が、アンケートを作る段階から有意義でポイントのついたアドバイスをもとに実施することができた。  当事者団体の中には、地域ごとに支部があり、地域の課題も本部で把握し、活動の幅を広げている団体もある。 共生社会の実現は共通の目標であるが、さらなる連携が当事者団体間と周りの全ての機関が必要に、今回の特集を企画しながら思った次第である。 共用品通信 【イベント(ハイブリッド)】 本の街で心の目線を合わせる「スマイルサッカー」 (7月10日) 本の街で心の目線を合わせる「つながる社会でボッチャ」(8月7日) 【イベント(対面)】 第99回 令和6年度 全日本盲学校教育研究大会・熊本大会(7月24日~26日、金丸・森川) 【会議】 対面意見交換会(理事、評議員)(7月17日) 網膜色素変性症協会 共用品WG R6年度第5回(8月8日、星川) 網膜色素変性症協会 共用品WG R6年度第6回(9月5日、星川) 【委員会】 第1回新たな日常生活における障害者・高齢者アクセシビリティ配慮に関する国際標準化委員会(7月23日、田窪) 第1回新たな日常生活における障害者・高齢者アクセシビリティ配慮検討小委員会(7月31日、田窪) 【講義・講演】 早稲田大学(7月13日、星川) 日本福祉大学(7月14~15日、星川・森川) 家電製品協会50周年記念 講座(7月30日、星川) 第113年度雲林県長期介護サービス品質向上プロジェクト成果発表・教育研修大会及び表彰(9月1日、星川) 【報道】 時事通信社 厚生福祉 6月14日 アクセシブルサービスのJIS化 時事通信社 厚生福祉 7月9日 みんなのまつりの事例集 時事通信社 厚生福祉 7月23日 紙パック飲料の切り欠き 時事通信社 厚生福祉 7月30日 すごろくや 時事通信社 厚生福祉 8月23日 人を大切にする会社 日本ねじ研究協会誌 6月号 アクセシブルサービス 日本ねじ研究協会誌 8月号 開けづらいレジ袋が トイジャーナル 8月号 アクセシブルサービス 福祉介護テクノプラス 8月号 みんなのまつり 高齢者住宅新聞 7月号 牛乳パック上部の切り欠き 高齢者住宅新聞 8月号 道具なしでできるゲーム シルバー産業新聞 9月号 写真を音声で説明 アクセシブルデザインの総合情報誌 第152号 2024(令和6)年9月25日発行 "Incl." vol.25 no.152 The Accessible Design Foundation of Japan (The Kyoyo-Hin Foundation), 2024 隔月刊、奇数月25日に発行 編集・発行 (公財)共用品推進機構 〒101-0064 東京都千代田区神田猿楽町2-5-4 OGAビル2F 電話:03-5280-0020 ファクス:03-5280-2373 Eメール:jimukyoku@kyoyohin.org ホームページURL:https://www.kyoyohin.org/ja/ 発行人 富山幹太郎 編集長 星川安之 事務局 森川美和、金丸淳子、木原慶子、田窪友和 執筆 王城向葵、岸川忠彦、河野智行、後藤芳一、児山啓一、斯波千秋、辻邦夫、藤木和子、山野里紗、三澤正明、先天性四肢障害児父母の会 広報担当 編集・印刷・製本 サンパートナーズ㈱ 表紙 NozomiHoshikawa 本誌の全部または一部を視覚障害者やこのままの形では利用できない方々のために、非営利の目的で点訳、音訳、拡大複写することを承認いたします。その場合は、共用品推進機構までご連絡ください。 上記以外の目的で、無断で複写複製することは著作権者の権利侵害になります。